暁に星の花を束ねて
「……どうして、あのとき……温室の鍵をかけてなかったことに、あんなに怒ったんですか?」

自分でも不思議なくらい、胸の奥から出てきた言葉だった。
入社式以来、ずっと聞きたかったことだ。

佐竹の瞳が一瞬だけ静かに揺れる。

それは答えを隠そうとするようでもあり、苦みを帯びた記憶を飲み込むようでもあった。

「……あそこは、おまえの居場所だ。だからこそ、不用心が許せなかった」

その声音は低く、しかし確かだった。

「……」

葵は胸が熱くなるのを感じ、手を動かしながらさらに問いかけてしまった。

「じゃあ……展示会のテロ。あんな大事件だったのに……どうして報道されなかったんですか? ニュースでは小さな騒動みたいに扱われて……」

佐竹はわずかに目を細める。

「あの規模の事件が広まれば、SHTの株は暴落し、国際的な取引も揺らぐ。……敵が狙ったのはそこだ。だが、おれたちは火を広げさせないことを選んだ」

「……真実は、どうなるんですか」

「真実など、力のある者が形を決める。だが──」

佐竹は葵の目を見据えた。

「おまえが生きている。それが何よりの事実だ」

葵は言葉を失った。
胸の奥が熱くなり、なぜか涙がにじみそうになる。

「……最後に。この傷は……どうして……?」

葵の声は震えを帯びていた。
佐竹は一瞬、彼女を見つめる。
その黒い瞳の奥に、過去の影が揺れた。

葵の問いに佐竹は一瞬だけ目を伏せ、低く答えた。

「無知。その代償だ」

淡々とした響きの中に隠しようのない痛みが滲み、説明というよりも、己を裁く言葉のように聞こえた。

「……」

葵はそれ以上、訊ねることはなく佐竹も又答えなかった。


そのやりとりを温室のステラ・フローラはそっと見守っている。

しかし一株だけ。

導管がわずかに収縮し、花弁の輪郭がほんの一瞬だけ淡く光を帯びていた。


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