暁に星の花を束ねて

極東第七防衛圏


スクナヒコナテクノロジーズ(以下SHT)本社、年に一度の入社式。
その華やかな舞台の一時間前のことである。

ネオタワーの頂きに君臨するはずのCEO、少名彦 隼人(すくなひこ はやと)の姿は、既にそこになかった。

中肉中背、シルバーグレーの髪に薄いブルーの瞳。

漆黒だった髪は四十八歳の歳月を経て銀白へと変わった。
その眼差しには、理想と現実の深い陰影が宿っている。
 
 公には「急な体調不良」。

 隼人は今、極東第七防衛圏へと向かっていた。

SHT本社から西へ直線距離で約三百キロ。
旧中部山岳地帯、かつての富士火口圏。
その深奥に第七防衛圏はひっそりと姿を潜めていた。

アジア防衛圏の一部に複数ある防衛圏のひとつであり第七と呼ばれるが、順番は機密保護のため非連続となっている。

ナノ災害、軍事衝突、外交隔離。

そこは世界が正義の名のもとに葬り去りたい現実を静かに呑み込む、闇の底であった。

その重力制御フィールドに包まれた会議棟の一室。

窓はなく天井には微弱な照明。

あらゆる記録装置が遮断され、ただテーブルと椅子があるだけの無機質な空間である。

この密室に向かい合って座る男が二人。

かつては盟友、今は火花を散らす天秤の両端だった。

「久しいな、隼人。お元気そうで何よりだ」

皮肉めいた笑みを浮かべたのはカグツチ未来交易戦略機構(通称GQT)のCEO、紅蓮院宗牙(ぐれんいん・そうが)である。

最先端技術と国際交易を牽引する名門企業として、その名は世界に広く知られていた。

が。

その仰々しい看板の背後に隠された実態を知る者は、口を閉ざすか、闇に葬られる運命にあった。

彼らが扱うのは、合法と非合法の狭間に漂うナノ兵器、そして遺伝子改変技術。

一部の者は嘲りと恐れを込めてこう呼ぶ。
「トゥルー シンジケート」と。

宗牙の赤茶の髪は炎を束ねたかのように揺れ、濡れた刃のような瞳がわずかに光を弾く。

その逞しい大柄な身体は、まるで鋳造された鋼鉄のように重厚であり、礼儀正しい口調の陰に潜むのは確かなる毒だった。


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