暁に星の花を束ねて
佐竹はその様子を静かに見つめた。
そして、ふっと口の端をゆるめる。

「……良かったな」

「はいっ! たぶん今までとはぜんぜん違う種類の花が見られると思います。自分で云うのもなんですけど、ちょっと期待しちゃってて……」

嬉しさを隠しきれず笑う葵に、佐竹はほんの一瞬だけ目を細める。

このとき彼の右腕にはまだ、射撃試験で負った傷が残っていたが葵は夢中で花を語り、佐竹のケガには気づかなかった。

「……ところで、こんな時間にどうしてガーデンに?」

水音の止んだ後、葵が小首をかしげて訊ねる。

佐竹は温室の天井、ガラスの向こうに浮かぶ夜空を見上げた。
そして短く答える。

「明日、大きな商談がある。その前の気分転換だ」

葵ははっとした。
佐竹はただの部長ではない。

彼の名刺には確かに「戦略部長」とある。
だが社員の間で囁かれているのは別の肩書だった。

実質の副社長、最高議長権限保持者。

CEOが手を下せぬときに動き、いざという場では全社方針を即座に動かせる権限を持つ男。

それが、佐竹蓮。

このガーデンに今、花の前で静かに立っている男の正体なのだ。

そんな佐竹が直接、交渉に加わるという商談。
葵でもその重要性を理解できた。

「そうだったんですね……。でも、それって大事ですよね。戦う前に、心を落ち着ける場所があるって」

彼女の声はどこか静かな決意を含んでいた。
まるで花の鼓動が、言葉になったかのように。

佐竹は黙ってその言葉を受け取る。
そして一歩、花のそばへと近づいた。

「……咲いたら教えてほしい」

「はいっ。いちばんに!」

ふたりの間を夜風がそっと通り抜け、佐竹のあの香りを再び葵の鼻腔をかすめる。

ステラ・フローラの蕾が、かすかに揺れていた。



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