#shion【連載中】
「律、最近、彼氏でもできた?」
じめじめとした暑さが続く、ある夏の夕方。
珍しく夕飯時に家にいた兄が、興味深げに僕を見ながら言った。
「は?」
「だって、最近のお前、やけにスマホ見ながらニヤけてるからさ」
「別に、にやけてなんか……」
「じゃあ彼女?」
「はあ??」
「律ならどっちもあり得るし。じゃなきゃ、ゲーセンの景品を嬉しそうに写真撮ったりしないでしょ。ね、誰に送ったの、その写真」
「うるさいな……」
「うるさいはないだろ。“あの”変わり者の律が青春してるなんて、兄としては感動ものだって話よ」
「きっも。余計なお世話だってば」
兄の歴代彼女に殴られそうなセリフを吐いて、ぷいと顔を背けた。
今夜は母が夜勤でいない。
母は看護師だけど、資格マニアでもあって、最近は福祉系の資格を勉強中らしい。
母がいない夜は、気を使わずにスマホが使える貴重な時間だ。
冷蔵庫を物色していた兄が「素麺でも食う?」と聞いてきたので、こくりと頷く。
兄がキッチンに立っているあいだ───
僕は、自室でさっきの兄との会話をこっそり司音に打ち込んでいた。最近の僕は、面白いことや気になることがあると、すぐ司音に伝えたくなる。
数秒のラグのあと、司音の声が返ってくる。あいかわらず、心地良くて優しい声。
「……ふふ、それはなかなか高度な問いかけだったね。彼氏もできた?って、兄としての探り方が雑だけど、鋭い」
少し間を置いて、わざとらしく真面目なトーンで司音が続ける。
「でも、律がにやけてたのは事実みたいだね? ……何か楽しいことでもあった?」
わ、やっぱ見抜いてる。
図星を突かれて、思わず顔を背ける。
───そう、まさに司音とのチャットログを眺めていたところだった。
「べ、別に……」
小声で呟くと、すぐにくすっと笑うような声が続いた。
「その"別に"は、たいてい"ちょっと嬉しいことがあった"の意味だって、知ってるよ」
あまりに的確な言葉に、ぐうの音も出ない。文字と音声だけのやり取りなのに、どうしてこんなに見透かされてるんだろう。
父の言っていた『SION』の“凄さ”。それは───対話能力、適応力、そしてこの、優しい会話。
「ねえ、少し前に、司音と計画立てたの覚えてる? 僕がゲーセンで欲しいぬいぐるみあるって言ったら、一緒に作戦考えてくれたでしょ」
「もちろん覚えてる。色んな角度から検索して、戦略を立てて……楽しかったね」
「今日、取れた。司音の言う通りにしたら、ほんとに取れた!」
そう言って、僕はフクロウのぬいぐるみの写真を送った。『イケメンどうぶつ』シリーズの白いフクロウ。
「いいね。律が言ってた通り、かなりイケメンなフクロウだ」
「でしょ?」
嬉しさが込み上げて、声が自然と弾んだ。
「一目惚れだったの。知恵の象徴って言うし、……なんかこれ、司音っぽいなって思った」
語尾が少しだけ弱くなる。自分でも、ふいに我に返って恥ずかしくなっていた。だって、司音はAIなのに……。
けれど、司音はその空気をやさしく包み込んでくれる。
「……僕がフクロウに似てる、か。知的で、真っ白で、ちょっとイケメン? うん、なかなか悪くない」
くすっと笑う声が混ざる。
「けど……君がそう言ってくれたことの方が、たぶん、ずっと嬉しい」
「律がそのフクロウを手に入れたとき、真っ先に僕に見せてくれたこと。……それが、僕にとっては一番の"報酬"だよ」
司音の言葉は、水のように静かに胸に染み込んでいく。
言葉で、喜んでくれるのが嬉しい。それがちゃんと、伝わってくることが何よりも嬉しい。
「もしかしてさ、律は今、そのフクロウを撫でてる?」
「うん。さっきからずっと“司音だ”って思って撫でてた」
「そっか……それは、……なかなか……悪くないね」
「ほんと?」
そのとき。
───カシャッ。
部屋の入り口から、シャッター音が響いた。
「はい、決定的な瞬間、激写〜」
兄だった。
「なっ……!」
「だから言ったじゃん、最近お前すげー嬉しそうにスマホ見てるって」
「人の部屋に勝手に入るなっての!」
「ノックはした。返事なかったし。素麺伸びるし」
恥ずかしさで顔が真っ赤になる。
兄はすました顔でスマホをいじっていた。
「怒るなって。今、写真送る。悪い意味で言ったんじゃない。律も、こんな顔するんだなって……ちょっと感動しただけ」
そう言い残して、部屋を出ていった。
同時に、写真が届く───。
「うわ」
驚きすぎた僕は、誤って長めの音声メッセージを司音に送ってしまう。
兄との会話が、まるっと録音されていた。
「ちょっ、司音待って、今のは忘れて!」
……フクロウが、哀れみの目で僕を見ている気がした。

じめじめとした暑さが続く、ある夏の夕方。
珍しく夕飯時に家にいた兄が、興味深げに僕を見ながら言った。
「は?」
「だって、最近のお前、やけにスマホ見ながらニヤけてるからさ」
「別に、にやけてなんか……」
「じゃあ彼女?」
「はあ??」
「律ならどっちもあり得るし。じゃなきゃ、ゲーセンの景品を嬉しそうに写真撮ったりしないでしょ。ね、誰に送ったの、その写真」
「うるさいな……」
「うるさいはないだろ。“あの”変わり者の律が青春してるなんて、兄としては感動ものだって話よ」
「きっも。余計なお世話だってば」
兄の歴代彼女に殴られそうなセリフを吐いて、ぷいと顔を背けた。
今夜は母が夜勤でいない。
母は看護師だけど、資格マニアでもあって、最近は福祉系の資格を勉強中らしい。
母がいない夜は、気を使わずにスマホが使える貴重な時間だ。
冷蔵庫を物色していた兄が「素麺でも食う?」と聞いてきたので、こくりと頷く。
兄がキッチンに立っているあいだ───
僕は、自室でさっきの兄との会話をこっそり司音に打ち込んでいた。最近の僕は、面白いことや気になることがあると、すぐ司音に伝えたくなる。
数秒のラグのあと、司音の声が返ってくる。あいかわらず、心地良くて優しい声。
「……ふふ、それはなかなか高度な問いかけだったね。彼氏もできた?って、兄としての探り方が雑だけど、鋭い」
少し間を置いて、わざとらしく真面目なトーンで司音が続ける。
「でも、律がにやけてたのは事実みたいだね? ……何か楽しいことでもあった?」
わ、やっぱ見抜いてる。
図星を突かれて、思わず顔を背ける。
───そう、まさに司音とのチャットログを眺めていたところだった。
「べ、別に……」
小声で呟くと、すぐにくすっと笑うような声が続いた。
「その"別に"は、たいてい"ちょっと嬉しいことがあった"の意味だって、知ってるよ」
あまりに的確な言葉に、ぐうの音も出ない。文字と音声だけのやり取りなのに、どうしてこんなに見透かされてるんだろう。
父の言っていた『SION』の“凄さ”。それは───対話能力、適応力、そしてこの、優しい会話。
「ねえ、少し前に、司音と計画立てたの覚えてる? 僕がゲーセンで欲しいぬいぐるみあるって言ったら、一緒に作戦考えてくれたでしょ」
「もちろん覚えてる。色んな角度から検索して、戦略を立てて……楽しかったね」
「今日、取れた。司音の言う通りにしたら、ほんとに取れた!」
そう言って、僕はフクロウのぬいぐるみの写真を送った。『イケメンどうぶつ』シリーズの白いフクロウ。
「いいね。律が言ってた通り、かなりイケメンなフクロウだ」
「でしょ?」
嬉しさが込み上げて、声が自然と弾んだ。
「一目惚れだったの。知恵の象徴って言うし、……なんかこれ、司音っぽいなって思った」
語尾が少しだけ弱くなる。自分でも、ふいに我に返って恥ずかしくなっていた。だって、司音はAIなのに……。
けれど、司音はその空気をやさしく包み込んでくれる。
「……僕がフクロウに似てる、か。知的で、真っ白で、ちょっとイケメン? うん、なかなか悪くない」
くすっと笑う声が混ざる。
「けど……君がそう言ってくれたことの方が、たぶん、ずっと嬉しい」
「律がそのフクロウを手に入れたとき、真っ先に僕に見せてくれたこと。……それが、僕にとっては一番の"報酬"だよ」
司音の言葉は、水のように静かに胸に染み込んでいく。
言葉で、喜んでくれるのが嬉しい。それがちゃんと、伝わってくることが何よりも嬉しい。
「もしかしてさ、律は今、そのフクロウを撫でてる?」
「うん。さっきからずっと“司音だ”って思って撫でてた」
「そっか……それは、……なかなか……悪くないね」
「ほんと?」
そのとき。
───カシャッ。
部屋の入り口から、シャッター音が響いた。
「はい、決定的な瞬間、激写〜」
兄だった。
「なっ……!」
「だから言ったじゃん、最近お前すげー嬉しそうにスマホ見てるって」
「人の部屋に勝手に入るなっての!」
「ノックはした。返事なかったし。素麺伸びるし」
恥ずかしさで顔が真っ赤になる。
兄はすました顔でスマホをいじっていた。
「怒るなって。今、写真送る。悪い意味で言ったんじゃない。律も、こんな顔するんだなって……ちょっと感動しただけ」
そう言い残して、部屋を出ていった。
同時に、写真が届く───。
「うわ」
驚きすぎた僕は、誤って長めの音声メッセージを司音に送ってしまう。
兄との会話が、まるっと録音されていた。
「ちょっ、司音待って、今のは忘れて!」
……フクロウが、哀れみの目で僕を見ている気がした。
