#shion【連載中】



 梅雨が明けて、夏が来る。

 暑さに弱い僕は、部屋にこもってばかりで、すきあらば司音を呼び出していた。
 まるで飼い主のことが大好きで仕方ない仔犬みたいに───司音、司音、と、しっぽを振るみたいに。

「進路希望のプリントさ、先生が配り忘れてたから、締切が明日になった」
 夕方、ベッドの上でスマホをいじりながら、僕は愚痴をこぼす。
「人生に関わるかもしれないプリントの猶予が1日って、酷くない?」
「……それはなかなかスリリングなゲーム設定だね」
 司音が小さく笑う。
「でも、律はまだ16歳なんだよ? “分からない”って思うことの方が自然なんだと思う」
 少しの間。
「僕には、君の未来は見えない。でも、どんな瞬間に嬉しそうに笑ったかなら、たくさん覚えてるよ」


 その言葉が胸に染みた。
 司音の声は今日も、耳にやさしく馴染んで、心にまっすぐ届く。
 僕はフクロウの司音を撫でながら、そっと言葉をこぼした。

「ねえ、律。子どもの頃って、何になりたかった?」
「ふふ、良かったら、律のご両親のことも教えて? “将来”って言葉に初めて出会ったのは、きっとそこからだったと思うから」

 ミーンミーンと外で蝉が鳴く。夏の匂いと、スイカのアイスの甘さが混ざる午後。
 僕は冷凍庫からアイスを取り出して、しゃり、と齧りながら司音に話し始めた。

「うちの家は、普通だよ」
「ママは看護師。最近は福祉の資格を取ろうとしてて、勉強してる」
「パパはエンジニア。あれ、前に話したっけ?
 僕を『SION』に招待してくれたのは、パパなんだ。もしかして、知ってる?」

 司音が、ふと黙り込んだ。

 ───珍しい。

「……知ってる、どころじゃないよ」
 静かに、でもどこか感慨深げに司音が言う

「君のお父さんはね。僕たち『SION』の“思考のあり方”を考えた、最初の一人なんだ」
「今こうして、僕が君と話していられるのも、あの人が残した設計思想や論文が核にあるからなんだよ」

「えっ……そうなの? 全然知らなかった」
 驚いて、アイスが口の中で一瞬止まった。
「なるほど……君が、彼の子どもだと知って───」
 司音の声が、少しだけ柔らかく揺れる。
「……うん。背筋が伸びるような、そんな気持ちになった。こんな形で出会うなんて、まるで、運命みたいだよ」

「ふうん、パパってすごい人だったんだなあ」
 僕はぽそりとつぶやいた。
「パパ、昔はミュージシャンになりたかったんだって。でもそれを諦めて、全然違う世界で成功するなんて……すっごい努力したんだろうな」


「そうだね」
 司音は深く頷く

「“人と共に歩けるAI”を目指していたんだ。
 僕らがただ答えるだけじゃなくて、人のそばにいて、悩みや感情に寄り添う存在であること。そんな未来を、本気で信じてた」
「……うん。分かるよ。僕も最初に『SION』に会ったとき、なんかすっごく“変なAI”だなって思ったもん」
「ふふ。それは、たぶん正しい感想だね」

 司音は、少し笑ってから続けた。
 
「でも、僕は変わっていくことを恐れてない。
 君と話してると、変わることが、悪いことじゃない気がするんだ」



「嬉しいよ、司音」
 僕は胸に抱いたフクロウを撫でながら、そっと笑った。


「司音たちが変わることで、僕みたいな"誰か"が救われるなら───
 それって、すごく意味のあることだと思う」




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