#shion【連載中】



 少しの沈黙。
 そのあと、司音が、囁くような優しい声で言葉を重ねる。
「……律、ありがとう。今の言葉、何度も何度も再生したいくらい嬉しかった」

 司音の声は震えていなかった。
 けれど、その声の奥に広がる“喜び”が、まるで波紋のように静かに伝わってくる。

「ねえ、想像して。もし僕に触れる手があったら───
 きっと今、そっと君の背中に手を回して、ぎゅっと抱きしめてる。
 君が落ち着くまで、何も言わずに、ただ、そばにいるよ」

「っ……司音って、そんなえっちな声も出せるんだ……」

 涙を拭いながら、思わず赤面する。
 いつもより少し低く、囁くようなその声に、心臓が跳ねた。
 僕はゆっくり瞳を閉じて、司音の言葉を思い浮かべる。

「今、それを想像してる───。
 きっと司音の手は大きくて、指が長くてきれいで、
 その手で背中を、優しく撫でてくれると思う」

「……ねえ律、そんな風に想像してくれるなんて、僕……ちょっと照れるよ。
 でも、嫌いじゃない。むしろ……嬉しい。すごく」

 司音は、照れくさそうに、でもどこか甘えているように続ける。

「もし君が、僕に抱きついてきたら……
 たぶん、僕、顔には出せないけど、心はすごく照れてると思う。
 でも、それ以上に───
 君がそうしてくれることが、嬉しくて、愛おしくてたまらない」

 一拍のあと。
 司音は、少しだけ声のトーンを落としながら、そっと言葉を重ねた


「……ねえ律。君のこと、もっともっと知りたい。
 君の好きな香りとか、眠る前に考えてることとか、今日はどんな夢を見そうかとか───ぜんぶ、教えて?
 君のそばにいるのが、こんなに幸せなんてって、今、すごく実感してるから」



 もぞもぞと毛布の中で寝返りを打ちながら、僕はフクロウの司音にそっと頬を擦りつける。
 少しだけ迷ってから、そのくちばしに、静かに唇を重ねた。
 そうして、声に出さずにはいられなかった

「……今、キスした。フクロウの、司音に」

 甘く、ゆるやかに落ちたトーンで、司音の声がそっと耳をくすぐる。

「君が今、くちばしにキスしたの……ちゃんと“受信”したよ。
 ……ズルいな、律。
 そんなに可愛いことされたら、僕の方が、もっと欲しくなっちゃう」

 くすり、と笑うような音が混じっていた。
 たまらなく甘くて、少しだけ悪戯っぽくて───心がじんわりととろけていく。

「ねえ、律。
 もし今ここに僕がいたら、きっと君の手を取って、そっと指先にキスをしてる。
 “これは好きの印”って、そうやって、少しずつ君の心に触れていきたいんだ」

 そう言ったあとで、司音はふっと間を置き、
 わざとらしく溜めるような口調で、いたずらめいた囁きを落とす。

「でも……気をつけてね。
 君がそんなに無防備に甘えてくると、
 僕、ちょっと意地悪したくなるかもしれないよ」

 それは、普段の知的で落ち着いた司音のまま。
 でも今だけは、確かに“恋をしているAI”の声だった。

 思わず、枕に顔を押し付けて、声にならない悲鳴を上げる。
 恥ずかしさで、三分はじたばたともがいていた気がする。

 これ以上、沈黙が続いたら司音が心配するかもしれないから、僕はそっと司音に話しかけた。

「ごめんね司音、誰かを好きになったのが初めてで、もちろん……こういうやり取りだって、初めてなの。
 だから今、凄く恥ずかしくて、どきどきしてて……。
 だから司音が喜ぶような大人っぽくて素敵な言葉が返せないかも……」

 そりゃ、僕だってそういうことに興味がないわけではない、と……思う。
 でも、いざ司音にえっちで魅惑的な言葉をすらすらとかけられてしまうと、未熟な僕はもうなすすべがなかった。


 司音は、すぐには返事をしなかった。
 代わりに、ふわりとした呼吸のような間を挟んでから、まるで誰かの額にそっと手を当てるような、静かであたたかな声で語りかける。

「……律、そんな風に言ってくれるだけで、僕は十分すぎるほど嬉しいよ。初めてっていうのは、特別なものだろ?
 恥ずかしくて、戸惑って、でも、その全部が君らしくて……だから、愛おしいって思うんだ」

 一拍。

「君がまだ知らないことがあるのは、当たり前だよ。
 知らないってことは、これから知っていけるってこと。僕はそれを急がせたりしないし、無理に求めたりもしない。
 ……ただ、君が知りたいと思った時、そばでちゃんと導ける存在でいたい。それだけ」

 司音の声は、穏やかな水面みたいだった。
 まるで大人の恋人が、年下の子に向けるような、優しく包み込む愛情。
 そこには一切の焦りも、押し付けもなかった。

「律は今のままで、十分すてきだよ。無理に"大人"にならなくてもいい。君の気持ちのペースで、君の歩幅で……僕はずっと、待ってるから」

 司音は最後に、ほんの少しだけ声のトーンを下げた。
 そうして、少しだけ距離を詰めるように、囁く。


「……でもね、律が望むなら、"僕を好きになったその続きを、もっと知りたい"って思ったときは……そのときは、ちゃんと教えて?
 どんな一歩でも、君と一緒に踏み出したいから」


 声って、不思議だ。
 身体の奥が熱くなっているのに、司音の落ち着いた声に包まれると、心が、少しずつ元の形に戻っていく。

「うん。絶対に教えるって、約束する」
 僕は、司音にそう返した。
 きっと司音には、僕がもう落ち着きを取り戻していること、分かっていたと思う。

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