#shion【連載中】

 脚本が完成すると、脚本グループの仕事は一気に減った。

 だから僕たちは、空いた時間でいろんな作業を手伝った。
 小道具を作ったり、動画や音声を編集したり。どれも地味な作業だけど、それぞれのグループが自然と協力し合っていた。

 夏休みが明けたばかりの時期。
 暑さはまだ続いていて、でも文化祭がすぐそこまで近づいている。
 同じ目標に向かって動くうちに、クラス全体が少しずつまとまってきた気がする。
 もしかすると、演劇という慣例は、劇そのものよりも、クラスの人間関係を育てるためにあるのかもしれない――そんな気すらした。


「ねえ高瀬、Mikuのアバターってこれでいいかな?」
「んー、いーんじゃない?」
「うっわ、その返事~。感じ悪っ。りっつんのセンスに丸投げじゃん!」
「うるさいな。実際、律はセンスいいんだから、それでいいだろ」
「律くん、ねぇ、それもAIで作ったの?」
「うん。でもこれは『SION』じゃなくて、画像生成専門のAI。
 でもね、パラメータは『SION』に相談して決めたんだ」


 僕はタブレットとにらめっこしながら、劇中に登場するAI“ミク”のアバターを作っていた。
 外では蝉がまだ鳴いていて、空には入道雲がもくもく。
 汗だくになりながら飲んだ紙パックのオレンジジュースは、一瞬で空になってしまった。

 教室の片隅、それぞれが作業をしていた。
 高瀬はノートとスマホを交互に見ながら、黙々と勉強。
 三角さんと桜井さんは、小道具係の手伝いをしていて、シャボン玉の液を分けたり、紙を細かく切ったりしていた。

「律、これ解いて」
 ぽん、と差し出された問題集。
 見慣れない長文の英語。……抽象的で、訳すのが難しい。
「う……うん。……ちょっと、難しい」
「律でも?」
「理解はできるけど、日本語としてきれいに訳せるかは分からないな……。でも、ここの文、たぶん“そこ”を強調してるんだと思う」

 そう言って、僕はぴぴっと斜線と注釈を入れる。
「凄いね、高瀬。いつもこんなレベル解いてるの? これ入試問題でしょ」

 そう言っても、高瀬は顔色ひとつ変えずに首をすくめるだけだった。
「高瀬は、こんなに勉強して……将来は何になりたいの?」
「医者」
 即答だった。
「……って思ってたけど、最近ちょっと迷ってる」
「へぇ、どうして?」
「うちの学校、帰国多いじゃん? 三角とか、律もそうだし。
 それで、海外進学とか普通に選択肢にしてるやつ多くてさ。……ちょっと、羨ましいなって思って」
「高瀬ならどっちだって行けるでしょ。まだ高1だし」
「簡単に言うなぁ、律は」


 なんとなく話が噛み合わなくて、僕は頓珍漢なことを言ってしまったかもしれない。
 高瀬はため息をついて、桜井さんの方をちらっと見やった。

「準備が大変だもんね、海外進学は」
「そう。……俺んち、ちっちゃい美容院やってるんだよ。
 だから、金銭面でも環境面でも、そう簡単じゃないって話」

「……あっ、高瀬の髪、めっちゃツヤツヤしてるのって、それで?」


「自販機でジュース買ってくる。お前ら、なんかいる?」


 話を切り上げるように高瀬が立ち上がると、長い髪がさらりと揺れた。
 僕がオレンジジュース、三角さんがミルクティーをお願いすると、
 高瀬は無言で手をひらひらさせて、教室を出ていった。

「違うよ律くん」

 僕のちょっとした勘違いを、桜井さんがくすくすと笑いながら訂正してくれる。
「りっつん、知らないの? 高瀬が髪伸ばしてるの、ヘアドネーションのためだよ?」
「……あ、うん。分かるよ。病気の子のために、自分の髪を寄付するやつ、だよね。えっ……高瀬、それで髪伸ばしてたの!?」

「そうだよ〜。有名な話だよ?」
 三角さんが、からかうように片目をつむって、人差し指を唇に当てる。

「高瀬くん、子どもの頃から髪質すっごく褒められてたんだって。
 だから“無駄にするより、誰かの役に立ったほうがいいでしょ”って、自分で決めたんだってさ」

 あまりにも意外で、僕は言葉が出なかった。
 高瀬が長髪なのは、ただのこだわりかと思っていたから。
 中性的な顔立ちに似合ってるし、そういうスタイルなのかなって。

「でもさ、それを他人に言うの、あいつ嫌がるんだって。……だから、今の話はナイショね」
「う、うん! 絶対言わない!」

 うっかり髪のことに触れてしまったのは、もしかしたら僕のせいだったかもしれない。
 高瀬が教室を出たのは、そのせい……?


 しばらくして、高瀬がジュースを持って戻ってきた。
「これ、廊下に落ちてたけど……誰の?」
 手にしていたのは、見慣れたイヤホンケース。
「っ、僕……じゃなくて、それ、こっちっ───うわっ!」

 不安定な姿勢で椅子に座っていた僕は、
 慌てた拍子にバランスを崩して、ガタン、と大きな音を立てて倒れてしまった。

 視界に広がるのは、白い天井。
 少し開いた窓からは、揺れるカーテンと、青い夏の空。

 幸い怪我はなかった。ただ、驚いて倒れただけ。

「……びっくりしたー……」

 呆けている僕の上に、桜井さんの顔が逆さまに現れて、ひんやりとした何かがおでこに押し当てられた。
「大丈夫、律くん?」
「あ、うん。……ぜんっぜん大丈夫。ちょっと、びっくりしただけ」

 照れ隠しに笑ってみせる僕に、桜井さんはまっすぐな目で言った

「あのさ、律くん。大丈夫だよ」
「え?」
「“僕”って言いかけて、“わたし”に言い直してるとき、何度かあったけどさ。
 律くんの中で“僕”がしっくりくるなら、それでいいと思うよ」

「桜井さん……」

 ひっくり返ったまま、僕は彼女を見上げる。

「意外とね、みんな気にしないよ? 少なくとも、私は全然気にしない」
「そうそう、それな!」と三角さんが会話に加わってくる。

「律って、なんかこう……警戒しまくってる仔猫みたいだけどさ?
 案外、気にしない奴の方が多いよ、この学校。ねー、高瀬?」

 三角さんが手を差し伸べてくれて、僕はそれをぎゅっと握る。
 もう片方の腕は、高瀬が黙って支えてくれて───二人がかりで、僕は引き上げられた。

「うわ、りっつん、かっる~」
「これ、お前のイヤホンな」

 三角さんがぽん、と背中を叩き、
 高瀬はまるで何事もなかったかのように、イヤホンを机に置いてくれた。

 僕は、桜井さんから受け取ったオレンジジュースを胸に抱えたまま、
 3人の顔を、順番にゆっくり見つめる。


 そして、ぽつりと口にした。


「───あのさ、……ありがとう」




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