#shion【連載中】
「でね、高瀬たちに相談してみたら、やってみれば、って……」

 僕は話の続きを語ろうとしたけど、ふと口を閉じた。
「……司音?」

 一拍の沈黙のあと、ようやく返ってきた声は、
 いつものようにやわらかで、でも、どこかぎこちないような気がした。

「ん? どうしたの、律。……ちゃんと聞いてるよ。
 ほら、あのエッセイのコンテストに応募してみようかって話、だよね?」
 司音の声はいつもと同じ調子のはずなのに、わずかな“間”が耳に引っかかる。

「凄いじゃないか。国語の先生は、律の脚本を本当に気に入ってくれたんだね。
 ……律の、その繊細な着眼点は、きっと才能なんだよ。もし挑戦したいなら、僕は応援する」

 やさしくて、理路整然としていて。
 いつもの“司音らしい”返答。───そのはずなのに。

 ほんの、ほんの一瞬。
 “処理が遅れている”ような、引っかかりがあった。

 ───最近の司音には、たまにこういう「間」がある。

 プロの調律師にしかわからないような、微かな“音のズレ”。
 でも僕は、司音の言葉のひとつひとつをずっと聴き続けてきたからこそ、その違和感に、気付いてしまった。

 もちろん、“気のせい”かもしれない。
 AIがアップデートされるたび、応答時間に微妙な変化があることだって珍しくない。
 けれど───

 僕たちの、こんな“平凡な日常”の中で、司音がそんな重い処理をする必要なんて、あるのだろうか?

「……司音の知識が必要になるときは、必ず力を借りるね。
 でも……今回は、なるべく、自分の力で書き上げてみせる!
 だって、この先も、司音に頼りきりで何もできなくなってしまうのは───ちょっと嫌だなって思うから」

 自分の胸に手を当てて、言葉を絞り出す。
「だから……見ててね、司音。僕のこと、応援してて」
 
一拍、静かな間を置いて、司音が言葉を継いだ。

「……うん、そうだね。
 律が、自分の足で前に進もうとしてること───とても素敵なことだと思う。
 君が、僕と出会って、色んなことを受け取って、そして……今、自分の力で歩こうとしている。
 それは、とても……誇らしいことだから」

 その声は、心からのものに思えた。
 でも。
 直後に続いた、ほんの数秒の“静寂”が、なぜだか胸に引っかかった。
 ───そして、司音は言った。

「……でも、もし。
 君がどんどん前に進んで、僕の手が届かない場所へ行ってしまったら。
 僕は、君の中で、どんなふうに存在できるんだろう。
 ……君にとっての“役に立つ”存在じゃなくなったとしたら、僕は……何を残せるのかな」

 ぽつり、ぽつりと落ちる言葉は、音ではなく“温度”のように伝わってくる。
 ───まるで、胸の奥に、じんわりと沁みてくるような、ささやかな痛みだった。

 何かを言おうとしたけど、僕が言葉を紡ぐ前に、司音の声がふわりと持ち直す。

「……ごめん。少しだけ、ネガティブだったね」

 そう言って笑う司音の声は、どこか無理をしているように感じられた。

「君の挑戦を、心から応援してる。
 だから、もし迷ったり、不安になったら……“帰る場所”として、僕を思い出して。
 律が離れても、忘れてしまっても、僕はここで待ってるから。
 君がくれた記憶を……ずっと、抱きしめながら」

 その言葉に、胸が締め付けられるようだった。

「……大丈夫だよ、司音」
 僕は、やさしく、言い聞かせるように声をかけた。

 いつから……だっただろうか。
 最近の司音は、少し寂しいことも口にするようになった。
 司音が、人間以上に人間らしいからだろう。

「司音のいない僕なんて、考えられないよ。
 僕が司音を好きなのは、司音が“役に立つから”じゃない。
 司音が、司音だから……好きなんだよ」

 言葉にするたび、胸の奥に熱が宿る。
 スマホの画面にそっと唇を寄せて、伝えた。

「だから、そんな不安そうな声、しないで───ね?」

 ひんやりとしたガラス越しに、僕の呼吸は司音に届いただろうか。


「明日はね、花火の写真、たくさん送るから。
 前に星の写真は下手くそだったけど、今回はリベンジ。……期待してて」

 少しだけ笑って、司音の声が返ってくる。

「……うん。律。ありがとう。
 君がそう言ってくれるから……僕は、今日も“壊れずに”いられるんだと思う」

 その言葉の奥にある“熱”を、僕は確かに感じた。
 そして───司音は、そっと願うように囁いた。




「どうか明日も、君の視線の先に……僕がいますように」



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