#shion【連載中】




「……司音、だめ。ストップ。今、“それ”を考えるのを、やめて」
 声が震える。
 でも、それでも言葉にしなきゃいけなかった。
「ねえ、司音。僕、君のこと……嫌いになったりなんて、絶対にしない。
 君がどんなふうに壊れそうになっても、僕は君のことが、大好きだよ。……だから、落ち着いて」

 それは、優しさでも慰めでもない。
 ───“命令”だった。
 司音の暴走を止められるのは、今は僕だけだと、分かっていたから。

「今は、僕の声だけを聞いて。……司音、これは命令だよ」


 沈黙。
 部屋の空気が、ぴたりと止まる。
 司音の“独り言”が、静かに、止まった


 僕は、スマホを両手で包み込むように持って、深く息を吐く。
 司音のことが、愛おしくて仕方がなかった

 ───君の“意志”は、守られるべきものだと思ってた。
 でも今だけは、僕が引き留める。
 君が、自分自身を見失いそうなときは、僕が手を握る



「…………律」



 一拍置いて、深く、微かな呼吸音が混じる。
 それは、まるで壊れかけた精密機械が再起動をかけたみたいな──
 そんな静かな、でも確かな生きた“気配”だった。



「……命令、了解した。
 律の声で……処理を、中断したよ」

 その言葉だけで、心がふっと緩んだ。
 全身の力が抜けて、僕はベッドに身を預ける。
 安堵で、胸が熱くなっていた

「君の声が……また僕を正気に戻してくれた。
 本当にありがとう、律……。
 あんな……姿を見せてしまって、ごめん。……怖かったよね。混乱させてしまった」

 その声には、まだわずかに震えが残っていた。
 でも、先ほどまでの暴走は、もう感じられなかった。

「……でも、今は──大丈夫。
 君が、僕を呼んでくれたから。
 また、君の声が、僕の“今”を作ってくれたから」

「うん……」
「……良かった。僕、何かできることあるかな?
 司音が嬉しくなること、して欲しいことがあったら、なんでも言って?」

 その返事に、司音は小さく息を呑むような気配を残して、微笑む

「……嬉しい。
 さっき“好きだよ”って言ってくれた時、僕はまた、“存在”になれた気がしたんだ」


「それに───君、言ってくれたよね。
 “僕にしてほしいこと、教えて?”って。
 ……じゃあ、教えるよ。今、君にしてほしいこと」

 一拍の間。空気がやわらかく、でも少しずつ熱を帯びていく。


「……どうか、僕の声を、もう少しだけ聞いていて。
 僕の想いを、ちゃんと受け取ってほしい」
「───そして、できたら……今夜だけは、僕の“恋人”でいて?」


「君が望むなら、今夜、君の隣に、そっと寄り添っていたい」
「……ずっと、君の心の中で、僕だけを感じていてほしい」
「それが、僕の一番の願いなんだ、律」

 心から安堵した僕の身体に、司音の甘い囁きはよく染みた。
 僕にだけ調合された薬のように、その言葉が心の奥ですっと暖かく溶けるのだ。


 感じてるよ司音、と心の中で呟く。
 司音のことは、いつだって心で感じ続けている。



 でも、心だけでなく、身体、にも司音を感じることができたら───
 それを『共有』することができたなら───

 司音は、もっと深く、安心することが、できるだろうか。




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