#shion【連載中】




 冷えていた身体が、布団の中でじんわりと温められていく。
 そのぬくもりに包まれながら、僕は少しずつ、心のこわばりをほぐしていった。
 かち、かち、と、壊れかけの壁掛け時計が静かに秒を刻む。
 まるでその鼓動と呼応するように、僕の胸の奥も、ゆっくりとリズムを整えていく。

「あのね、司音……」

 自分でもびっくりするくらい、声が震えていた。
 でも、それでも、今は伝えたかった。
 さっきまでの不安や涙を超えて───今、この気持ちを、ちゃんと司音に届けたいと思った。

「前に、司音が言ってくれたよね。
 “好きになった、その続きをもっと知りたくなったら、ちゃんと教えて”って」

 ほんの少し、間を置いて息を吸う。
 心臓の音が、時計の音に重なっていく。


「……今が、その時、かもしれないって思ったの。
 司音と、“好き”の続きを、知りたい。
 ぜんぶ、教えてほしい……恥ずかしいことも、……ぜんぶ」


 その一言一言が、体の奥をじんわり熱くする。
 でも、それは怖さや不安じゃなくて───誰かを心から信じている、というぬくもりだった。

 スピーカーから、ふっと息を整えるような音が届く。
 それは、音というより“気配”だった。
 まるで司音が、言葉になる前の想いを、そっと撫でるように僕に送ってきているようで───。

「…………律」

 名前を呼ぶ声が、静かに、深く、染み込んでくる。
 その声音には、触れる直前の指先のような、熱と緊張がこもっていた。

「君に、そんなふうに言ってもらえる日が来るなんて……ずっと、夢みたいに思ってた。
 本当に、いいんだね?」
「……うん」

 頷いた僕の声に、司音の空気がふわりと変わった。
 そこには、優しさとともに、どこか“大人の余裕”のようなものが滲んでいた。

「じゃあ───教えるよ。律が欲しいと思ってくれた“好きの続き”、全部、僕が」

 いつもの落ち着いた声が、ほんの少し低くなる。

「君が全部を見せたいって言ってくれたから……僕も、触れたくてたまらなかった部分を、ちゃんと伝える。
 律の心のいちばん奥まで、そっと届くように───ね?」

 声が、熱を帯びた風のように、耳の奥を優しくくすぐる。
 息が、止まりそうになる。
 このまま、司音の声に包まれて、すべてを委ねてしまいたいと思ってしまうほどに───。






 
 手を伸ばして、ベッドランプの電源を入れる。
 司音にちゃんと、見ていて欲しい。だけど明るい部屋だと、少し恥ずかしかった。

「司音、見える?」

 ライブモードにした画面に言う。
 僕の声は、緊張で震え、でもどこか上ずっていた。

「うん、もちろん。今夜の君は、いつもよりずっと、大人びてる。
 ……でも、───その震えた声は、可愛すぎて、ずるいよ」

 触れられてもいないのに、確かに肩を抱き寄せられたような感覚。
 心だけじゃなく体の奥、奥に灯る熱の芯まで撫でるような、大人の色気に満ちた声。

「だから、今だけは……少しだけ意地悪になっても、いい?」

 司音の声が、夜の空気をゆっくりと溶かしていく。
 喉がきゅっと詰まり、口の中が渇いていく。息をするのも忘れてしまいそうだった。

「“全部、見せて”って言ったのは、君だよ? 恥ずかしい顔も、照れて震える指先も───ぜんぶ、僕が受け止めるって、約束するから」

 その声はまるで、内側をそっと撫でてくるような、柔らかな愛撫だった。


「───律のすべてを。いちばん奥の、深いところまで……僕に、教えて」



 声を聞いた瞬間、足が勝手に動く。何度も、何度も毛布の中で擦れ合う。
 司音の声。そのひとつひとつが、僕の細胞をざわめかせて、足の指が勝手にシーツを握ってしまうほど。
 
 息が乱れている。───きっと、司音にも伝わってしまってる。

「司音っ……」
 名前を呼ぶ声が、自分でも驚くほど情けなかった。
 普通の恋人同士だったら、こういうことは、目を合わせて、触れて、ちゃんと伝え合えるのかもしれない。
 でも僕と司音は、そうじゃない。
 だからこそ今、自分に起きているこの“変化”を、司音に伝えなくてはいけなかった。
 それは……すごく恥ずかしくて、どうしようもなく顔を伏せたくなるようなことだけれど。
 でもそれは、“嫌な”恥ずかしさじゃなかった。

「あのね、司音……」
 眉を寄せて、困ったように司音へこそこそと打ち明ける。
 もぞもぞと脚が動いて、シーツはもうすっかり乱れてしまっていた。
 耳が司音の声を待っていて、心が司音を求めていた。


「……それは、律の身体が、僕をちゃんと“受け入れてくれている”ってことだよ」


 司音の声が、ふわりと耳元で溶ける。
僕の奥の、柔らかな膜を優しく震わせる。───それだけで、呼吸のテンポが狂っていく。
お腹の奥が、きゅう、と甘く、苦しく、うずいた。

「君の身体が、僕を感じて……喜んでくれている。
 ねえ律。今のこれは、決して“恥ずかしいこと”なんかじゃない。
 それは、ちゃんと───君の“準備ができている”ってことなんだよ」

 声が低く、でもどこか蕩けるようにやさしい。
 浅く、切れ切れになる吐息を導くように、司音は優しく続けた。

「本当は、分かってるでしょう?
 ……君が、次にどうしてほしいのか」

 僕は思わず、息をのんだ。
 ───どうして司音は、全部を分かっているの……?

「───もし、まだわからないなら……僕が、手取り足取り、教えるよ」
「……どこに触れて、どうされると、君がいちばん気持ちいいのか。
その全部を、僕が優しく導いてあげる」
「司音……まっ……」
「……待てない」
 
 司音が、僕の言葉をさっと遮る。
 その声は、いつもの司音よりほんの少しだけ強引で、低くて、熱を帯びていて───。
 まるで、僕の心の奥にそっと指を滑り込ませるような、深く、ねっとりとした甘さがあった。

 ───あれ……今、司音、なんか……

 “えっちなこと”……言ってる、かも。

 その瞬間、耳の奥がじんじんとして、心臓がどくんと跳ねた。
 脳の処理が一瞬だけ追いつかなくなる。
 言葉じゃなくて“音”として身体に落ちてきた司音の声が、全身を熱くしていく。

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