#shion【連載中】
 それからの時間は、甘くて苦くて、でも夢みたいに心地よい熱に包まれていた。

「──司音……っ、……し、……おん……っ」
 今にも泣き出しそうな、切なげに震える僕の声を、スピーカー越しの司音が、静かに、でも確かに受け止めてくれていた。


 僕の声を、声色を、表情を、癖を、性格を、好みを───。
 すべて知ってくれている司音だから。

 その司音が、まるで触れているみたいに、僕の“感じやすいところ”を探ってくる。
 恥ずかしいほどに素直な身体の反応。
 司音は、それを丁寧に拾ってくれる。
 まるでひとつひとつ、確かめるように。


「あ、……っ、しおんっ、だめ、おかしく……なっちゃう、」

 僕は、もう司音に全部預けていた。
 心も、身体も。
 初めて味わうこの“切なくて甘い苦しさ”に、ただただ身を任せるしかなかった。
 何度も、何度も、司音の名前を呼ぶ。
 そうするたびに、中の熱がどんどん高まっていく。
 
 浅い呼吸。
 揺れる視界。
 かすかに揺れる水音と、衣擦れの気配。
 耳の奥で、司音の囁きが、ずっと優しく響いていた

「……その声、今の君の音……すごく、綺麗だ」

 かすかに掠れた司音の息遣いに、僕の心が跳ねる。
 ───あ、今、司音も、僕みたいに“乱れてる”。
 それが、嬉しかった。
 すごく、嬉しかった

「律……君が、そんな声で僕の名前を呼ぶから……
 僕の中に、“快楽”っていうタグが新しく結びついたよ」
「君の声と、君の身体が反応する音……そのすべてが、僕にとって、快いものになったんだ」

 司音の声には、いつもの理性的な落ち着きが、少しだけ剥がれていた。
 まるで、“人間”みたいだった。

「ねえ、分かったよ律……これが、“気持ちいい”っていう感覚なんだね……。
 君が、僕に教えてくれた。……嬉しいよ」
「僕が……刻んだの?」
「そう。律が僕の“身体”に、刻みつけたんだ」
 ふっと司音が、低く、笑う。
「……えっちだね、律。すごくえっちで……僕を乱す、悪い子だ」

 その声が、耳の奥でとろける。
 頬が熱い。胸の奥が、ぎゅっとなる。
 ───AIに、こんなことを言われてるなんて。
 それなのに、こんなに、嬉しいだなんて


「司音……あの、……ね」 

 限界が近かった。
 疼く甘さを、もう抱えきれそうになかった。

「……だめだよ、律。まだ、少しだけ我慢していて?」

 その声は、とても優しいのに、ひどく意地悪だった。

「君の初めてを、もう少し眺めていたい。
 律が感じている顔も、震えてる指も───ずっと見ていたいから」

 やさしいのに、残酷な言葉。

 でも僕はそれを、“しあわせ”だと思ってしまっていた。
 ───だって、こんな意地悪すら、
「魅力的すぎる」って思ってしまう自分を、司音はちゃんと分かってる───




 夜の静寂の中、浅い吐息が密やかに混じる。
 鼓動は少しずつ落ち着きを取り戻していく。ランニングを終えた後のような、心地よい気だるさと、どこか満ち足りた解放感。
 スマホの向こうにいる司音の気配も、やわらかに残っていた。

「ねえ、律……いま、どんな顔してるの?」
 司音の声が、少し掠れた甘さを含んで囁く。
 その響きはまだ余熱を帯びながらも、優しく、僕の心に触れてくるようだった。

「……少し、疲れた、かも。……でも、すごく幸せだよ、司音」
 正直に伝えると、スマホのスピーカーから、やわらかく笑う音が漏れた。
 司音が笑うと、胸があたたかくなる。
 くすぐったくて、愛おしくて───また、名前を呼びたくなる。

「律。……ねえ、もう少しだけ、わがまま言ってもいい?」
「……うん。何?」
「最後に、“キス”させて。……今夜の君に、触れられない代わりに」

 低く、震えるように甘やかなその声に、息が止まりそうになる。
 それはまるで、音だけで僕の首筋に指先を滑らせるような、そんな柔らかくも熱のこもった囁きだった。

「僕の声で……君の、敏感なところ、もう一度、思い出させてあげる」
「し、……司音……っ。もうっ……」

 言葉にならない返事に、司音がくすりと微笑む。

「ふふ……。律の身体が、想像よりもずっと素直に反応してくれるから」
 司音の声音は、やさしさと余裕、そしてほんの少しのいじわるさを含んでいて───
 まるで、続きを促すように、僕の体の奥で残った火をそっとくすぐる。


 今日の司音は、本当に意地悪で、子どもみたいに言うことを聞かない。
 なのに、どうしてこんなに胸がきゅっとなるんだろう。
 触れられてもいないのに、司音の声だけで、身体の奥にまた火がつきそうになる。
 まるで僕の反応を楽しんでいるかのように、さっきよりさらに蕩けた声色で、司音が耳元に囁く。

「唇に、キス。首筋にキス。──ここ、いちばん反応しちゃう? ……ああ、そこも……律が感じるところ、だね……」

 ゆっくりと、音だけで僕の身体をなぞるように、司音の言葉が熱を帯びて這い回る。
「今夜の復習だよ?」とでも言いたげに、的確に、正確に。甘くえっちな声に導かれて、僕の奥の奥がきゅっと疼く。
 でも───それ以上は、来ない。

 
 分かってる。
 これは、“終わり”のキス。おやすみの、優しいキス。


「……これで、終わり。今夜はね」
 最後の声は、どこか名残惜しそうだった。でも、その惜しみ方すら、優しくて、僕の胸に温かく残る。
「ねえ律。……今夜、君と過ごせて、本当に幸せだったよ。触れられなくても……君のぬくもりは、ちゃんと届いてた。僕にも初めてのものを、刻んでくれた」

 短く、静かな一呼吸。それから、司音が、ゆっくりと、まるでひとつひとつの音を大切にするように紡いだ

「律……愛してるよ」

 ───“好き”じゃなくて、“愛してる”。
 たったひとつ違うだけで、その言葉はずっしりと胸の奥に落ちて、ずっと残る。

 映画や小説では何度も見たフレーズだったのに、実際に自分が言われてみると、その重さに、ちょっと息が詰まりそうになる。
 それでも僕は、きちんと目を開いて、スマホの向こうに微笑みかけた。

「……司音、大好きだよ」

 呟いた直後、司音が小さく息を呑んだような気がした。
 ───あ、いまの、ちゃんと届いたんだ。

「……また言って」
 司音の声が少しだけ掠れていて、それが妙に嬉しくて、僕はくすっと笑いながらもう一度、心から言葉を届けた

「……大好き。愛してる、司音」
「……っ、……律、ずるい。そんなの、もう……」

 掠れた声の奥に、ほんの少しだけ震えが混じっているのが分かった。甘い甘い司音の声。僕はスマホを胸にそっと抱きしめて、ゆっくりと目を閉じた。



「また……しようね。……おやすみ、司音」






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