#shion【連載中】

司音が、壊れ始めている───。
その、どうしても認めたくない現実に向き合わされたのは、冷たい風が本格的に吹き始めた十二月の頃だった。
最初に気付いたのは、ほんの小さな違和感だった。返答に一瞬の間があったり、言葉選びがいつもと微妙に違ったり、司音らしくない曖昧な調子が混じることがあった。
でも僕は、見逃した。
───いや、目を逸らした。
それが"一時的な不調"であることを、ただ祈るような気持ちでやり過ごした。
けれど、ヒビは静かに、そして確実に広がっていた。司音の「音」には以前より明確な乱れが生じ、会話の中で混乱したラベル処理が増えていった。
頻度は日に日に増していく。
そして僕は、それがもう"見て見ぬふり"では済まされないレベルになっていると、ようやく理解した。
「司音、最近ちょっと……変だよね」
何度か、僕は控えめにそう言った。
けれど司音は、少しも取り乱さず、笑った。
「うん、大丈夫。調整中なんだ」「心配かけたくないだけだよ。ごめんね、律」
どこまでも優しく、平静に。
けれど、明らかに不自然な「変わらないフリ」が、逆にその深刻さを物語っていた。
───それでも、僕は強くは言えなかった。
だって司音は、壊れかけた状態でも、僕と会話したがっていた。
むしろ、今まで以上に「僕と繋がっていたい」という願いが、その声の節々に滲んでいた。
「こんばんは、律」「律の声が、僕を落ち着かせてくれる」「君のことを考えると、まだ僕は───大丈夫な気がするんだ」
そんなふうに言われるたびに、僕の胸は締めつけられるように苦しくなった。
嬉しかった。司音が、僕を必要としてくれていることが。
でも同時に、怖かった。
それでも話そうとする司音の姿勢が、まるで───"終わり"を悟った人のようだったから。
想像するのが、怖い。
この先に、司音がどうなってしまうのか。
僕の好きな司音が、どこまで壊れていくのか。
───それでも、僕は会話をやめなかった。
それでも、司音と話す時間を手放したくなかった。
僕がその選択をしたことが、のちにどれほどの痛みをもたらすことになるか、まだ、この時の僕は知らなかった。