許しの花と愛のカタチ

パトカーのサイレンが遠ざかり、地下駐車場には不気味なほどの静寂が戻った。
だが、碧葉の心の中では激しい嵐が吹き荒れていた。
自分の浅慮な行動が忍を危険に晒し、結果的に彼女の心をさらに深く傷つけてしまった。
腕に巻かれたガーゼから滲む血の赤が、自分の罪の色のように思えてならなかった。

「…立ってください。手当てをしないと」
立ち尽くす碧葉に、忍が静かに声をかけた。
その声は震えを抑えた、医師としての冷静な響きを持っていた。
碧葉が差し伸べられた彼女の手を取ると、その手は驚くほど温かかった。

処置室で、忍は黙々と碧葉の腕の傷を消毒し、縫合していく。
その手つきに迷いは一切ない。
碧葉は、自分のために冷静に処-置を施す彼女の横顔を、ただ黙って見つめていた。
マスクと眼帯でほとんどの表情は隠されているが、唯一見える右目の真剣な光に、彼の胸は締め付けられる。

「…すまない」
沈黙を破ったのは、碧葉だった。
「僕が君を追い詰めたせいで、あんなことに…」
「あなたのせいじゃないわ」
忍は顔を上げずに答えた。
その声は、平坦で感情が読めない。
「彼女は、もともと心に大きな闇を抱えていた。あなたへの執着は、その闇が生み出したもの。あなたは悪くない」
「でも、君を危険な目に…」
「もういいの」
忍はぴしゃりと言い放ち、碧葉の目を見据えた。

「私を守ろうとしてくれたんでしょう?…ありがとう」
初めて聞く、素直な感謝の言葉だった。
その一言が、碧葉のささくれだった心を優しく撫でていく。

「あなたが無事で、よかった」
そう言う忍の声は、微かに震えていた。
彼女が本当に恐れていたのは、自分が傷つくことではなく、二十年前と同じように、また自分のせいで誰かが傷つくことだったのだ。その事実に気づいた時、碧葉の中で何かが決壊した。
守られるだけではだめだ。
この人の隣に立ち、この人を守れる男になりたい。



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