許しの花と愛のカタチ
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事件が落ち着いたある静かな夜。
蓮斗は碧葉をリビングに呼び、琥珀色のブランデーをグラスに注いだ。
暖炉の炎が、二人の間にできた長年の溝を静かに照らしている。
昴との再会、そして今回の事件を経て、蓮斗はこれ以上息子との間に壁を作り続けることはできないと悟っていた。
「碧葉。ずっと、お前に言えなかったことがある」
蓮斗は静かに語り始めた。
「実は、俺は生まれつき心臓が悪くてな。長生きできないと言われていたんだ」。
いつ死ぬかわからない恐怖から結婚も恋愛も諦め、孤独に会社の経営だけに没頭してきたこと。
そんな時、弟夫婦の忘れ形見である碧葉を引き取ったことで、初めて「この子のために生きたい」と強く願ったこと。
「病気のことを言わなかったのは、お前に心配をかけたくなかったからだ。余計な気を遣わせたくなかった。だが、それが間違いだったな。弱った姿を見られていたとは…隠し事をしているから、いつまでもお前の心に本当の意味で寄り添えなかった…。すまなかった、碧葉」
蓮斗の魂の告白に、碧葉の瞳から大粒の涙が溢れ落ちた。
グラスを持つ手が微かに震える。
「僕の方こそ、ごめんなさい…。ずっと、叔父さんに遠慮してた。本当の親じゃないって、どこかで線を引いてたんだと思う。甘えたい、頼りたいと思っても、叔父さんの苦しそうな姿を見ると、これ以上迷惑はかけられないって…勝手に我慢して…。もし、叔父さんまでいなくなったら…僕は本当にこの世界で独りぼっちになってしまう。それが、ずっと怖かった…!」
堰を切ったように溢れ出す本音。
それは、二十年間、碧葉が心の奥底に封じ込めてきた孤独と恐怖だった。
蓮斗は静かに立ち上がると、碧葉の隣に座り、その肩を強く、しかし優しく抱いた。
「馬鹿野郎…。お前はもう、独りじゃないだろうが」
その声は、涙で震えていた。
「俺がいる。そして、忍ちゃんがいる。これからは、本当の親だと思って、何でも話してくれ。嬉しいことも、辛いことも、全部だ。もう、一人で抱え込むな」
「…うん」
碧葉は子供のように声を上げて泣いた。暖炉の炎が、涙に濡れた二人の横顔を温かく照らす。その日、彼らは本当の意味での「親子」になった。
数日後。
蓮斗は碧葉と忍を自宅の書斎に招いた。そこには、蓮斗と昴、そしてもう一人、初老の紳士が待っていた。
「紹介しよう。形成外科の権威、古賀先生だ。俺の、そして昴の古くからの友人でもある」
古賀と呼ばれた紳士は、柔和な笑みを浮かべ、忍に深く頭を下げた。
「お話は、全て伺っております、忍先生。蓮斗くんと碧葉くんを…そして純那さんの想いを繋いでくださったこと、心から感謝します」
突然のことに、忍は戸惑いを隠せない。
「あの、これは一体…」
蓮斗が、真剣な眼差しで忍を見つめた。
「忍ちゃん。君は、俺たち親子にとって命の恩人だ。君が負った傷は、俺たちの命そのものだと言ってもいい。だからこそ、このままにはしておけない」
蓮斗は古賀に向き直る。
「古賀、頼めるか」
「もちろんだ」
古賀は力強く頷いた。
「忍先生。失礼を承知で申し上げます。貴女のそのお顔の傷、私が執刀させていただけないでしょうか。これは、ただの治療ではない。蓮斗と昴、二人の親友の想いを背負った、私自身のけじめでもあるのです」
忍は息を呑んだ。
あまりにも唐突で、そしてあまりにも重い提案だった。