許しの花と愛のカタチ

蓮斗の依頼した調査会社からの報告書は、彼の予感を冷たい事実として突きつけた。
『ドナーは海原純那氏(当時58歳)で間違いありません』。
その一行を読んだ瞬間、蓮斗は思わず自分の胸を押さえた。
この心臓が、あの快活で優しい笑顔が素敵だった旧友の妻のものだというのか。
運命の悪戯にしては、あまりにも残酷すぎる。

震える手で受話-器を取り、数十年ぶりに旧友の事務所の番号をダイヤルした。
コール音が数回鳴った後、落ち着いた女性の声が応える。

「はい、海原法律事務所でございます」
「…私、芹沢蓮斗と申します。大学時代に、昴…いえ、海原代表とご一緒させていただいておりました。代表は、いらっしゃいますでしょうか」

名乗った瞬間、電話の向こうで息を呑む気配がした。
芹沢蓮斗という名前は、昴からかねてより聞かされていたのだろう。
一瞬の沈黙の後、秘書の女性は驚きを隠しきれない声で、しかし丁寧に応えた。

「…芹沢様でいらっしゃいますね。少々お待ちくださいませ。代表に、すぐお繋ぎいたします」
昴は、いつかこの電話がかかってくることを予期していたのかもしれない。
受話器の向こうから聞こえる微かなざわめきが、蓮斗の緊張をさらに高めた。

「…蓮斗か?」
数十年ぶりに聞く、親友の声。
記憶にあるよりもずっと低く、そして重くなった声だった。

「昴か…。ああ、俺だ。蓮斗だ」
「…そうか。声を聞くのは、いつ以来だろうな」

言葉に詰まる二人。
だが、その沈黙は決して気まずいものではなく、長い歳月を慈しむような響きを持っていた。

「少し、話せないだろうか。お前にとって、あまり良い話ではないかもしれんが…」
「…わかっている。週末の午後、事務所で待っている」
昴は全てを察しているようだった。


重厚な革張りのソファが並ぶ弁護士事務所の応-応接室。
窓の外では都会の喧騒が広がっているが、室内は水を打ったように静まり返っていた。
歳月を感じさせる皺が深く刻まれた顔で、昴は静かにコーヒーカップを傾けている。
向かい合って座る蓮斗も、何から切り出すべきか言葉を探していた。
二人の間に流れた長い沈黙を破ったのは、昴の方だった。

「…来てくれたか、蓮斗」
その声は、ひどく疲れていた。
「昴…。なぜ、何も言ってくれなかった。純那さんのことも、そして…お嬢さんのことも」
蓮斗の静かな問いに、昴はゆっくりと顔を上げた。
その目には、長年抱え込んできたであろう苦悩と後悔が色濃く浮かんでいた。
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