日常の向こう側
「お兄さん。」
学校の帰り際、人がごったがえす繁華街にその老人は居た。
時間は9時1分前。腕時計は9時を指しているが。
水戸黄門を彷彿させる薄汚れた着物に、目深に被ったベレー帽。
薄い木製の椅子に腰掛け小さいテーブルのを前にして座っていた。
もしかしたら、俺以外の誰かに呼び掛けたのかもしれないが目があってしまった以上無視は出来ない。
むしろ関わることが当然。
むしろ必然。
「何ですか?」
警戒レベルをAAAにまで引き上げ返事をする。
目深に被ったベレー帽のせいで、確かな表情を読み取れなかったが、

確かに薄く笑っていた。

その笑いは哀れむような笑いで俺の苛立ちを誘うには十分な役割を果たしている。
「何で笑ってんだよ。」
「いやいや失敬失敬。軽重浮薄が服を着て歩く老人とは私の事でね。」
怒気の色を帯びた声色に老人は飄々と嘯く。
「時に青年。人生とは何だと思うかね?」
「は・・・?」
「いや、そんな難しい事を聞いてるつもりはないのだがねぇ・・・わからないかい?」
「いや、考えた事ねぇよ・・・でも・・・まぁ・・・敢えて言うなら・・・」
「言うなら?」
俺はらしくも無くキザに一拍の空白を持たせる。
老人は体を乗り出し答えを待つ。
血管が浮き出ている両腕は妖怪のようであった。
「暇潰し・・・かな。」
「ほぅ・・・」
先程までの軽重浮薄な笑顔は別れを告げ、真剣な面持ちが到来する。
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