ゆびさきから恋をする
 声を掛けられて条件反射もある。思わずファイルを背中に隠してしまった。

「な……なんでもありません」

「なに?」

「な、なにも?」

「なに隠したの?」

「か、くしてませ、ん」

「嘘つくの下手だな」

 長い足が数歩歩むだけで一気に距離が近づいて、ジッと見つめられる。

(イケメンに見られるの辛いっ……)

 私はイケメンが苦手だ。偏見か、自分にないからの捻くれなのか。

 この余裕のある感じ、自己陶酔? とにかく! その相手に屈しない媚びない感じ!

(ひぇ! 無理!)

 正面から自分を見つめられるのに精神的に耐えられずに視線を意図的に反らしたら、背中に隠されたファイルをさらっと長い腕が攫って行った。

「ああ!」

「なんだ。薬品管理ファイル? なんでこんなん隠すの」

 ぺらぺらとファイルをめくりながら聞かれるが答えられない。


「じょ、条件反射で深い意味はなく」

「隠すもんじゃない」

「だからなんでも……深い意味はありません」

「……まぁわかんないことあれば聞くよな、菱田さんなら。勝手なことしないし」

 その言葉に胸をきゅっと掴まれた気がした。


「木ノ下さんて事務所?」

「ですかね。さっきまでここで在庫チェックされてましたけど」

「そっか、入れ違いになったな。頼んでほしい試薬あったんだけど……このファイル今使ってた? 借りていっていい?」

「どうぞ」

 そういうと同時に十七時のチャイムが鳴った。

「あ、じゃあ私、お先に失礼します」

「……うん、お疲れ」

 探るようにじっと見られるといたたまれなくて、逃げるように実験室を後にした。

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