ゆびさきから恋をする
 逃げるように実験室を後にしたのはいろいろ気づかれたくなかったからだ。

 木ノ下さんに指摘されたことも、自分が感じた惨めな気持ちも、派遣でいることの悔しさも。

 気づかれたくない。

 誰にも言えないこの気持ちを久世さんのような人には一番知られたくない。

 ――わかんないことあれば聞くよな、菱田さんなら。勝手なことしないし。
 
 あの言葉が耳の奥で鳴り響いている。

 私の言葉より派遣の行動として線を引いた木ノ下さんの後に、私自身のことを見てくれようとする久世さんの言葉が胸に刺さった。

 その微かに感じた棘のような痛みのもとに気づかないふりをして帰り路を急いだ。



 翌朝、実験室に降りて行ったら珍しく久世さんがいた。

「おはようございます」

「おはよう」

 挨拶を交わしたら久世さんはパソコンをしている手を止めて”こいこい”と、そんな風に手招きしてくる。


(?)


 誘われるがまま歩む足を椅子に座る久世さんの前で止めたら見上げてくる久世さん。

「なにか」

「立場的にもだけど、単純に周りだけが把握して自分が知らないとか性格的にも嫌でさ。ちょっと気に入らない」


 いきなりそう言われて首を傾げた私にファイルを差し出してくるから息を飲んだ。

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