ゆびさきから恋をする
 呆気に取られて目を丸くする私をおかしそうに見つめる久世さんは遠慮なく吹き出してくるから。

「し、失礼ですけど」

 (人の顔見て吹き出すってなんなの)

「だって全然理解できない、みたいな顔するから……なにが理解できない」

 手で口元を抑えつつそんなことを言われてもわからないものはわからない。黙る私に久世さんは続ける。


「なんで俺がわざわざ自分の試験や測定頼んでると思ってんの?」
 
「え?」

 にやりとそんなことを聞かれてもますますわからない。それでも思っていた気持ちはある。

「私が……測定しかできないから?」


(派遣だから……じゃないの?)


「本気で言ってる?」

 本気で言ったのに「ははっ」と、今度は声をあげて笑われてしまって余計にわからなくなる。なにがおかしいのだ。私はそんなにおかしなことを言ったつもりはないのに。

 その気持ちを久世さんは察したのか。

「菱田さんにだから頼んでるんだけど」
 
 その言葉に胸が跳ねた。

「言っちゃ悪いけど、木ノ下さんには頼まないよね。意味わかる?」

「……」

 それって……そう思っていたら耳元にそっと寄ってきて至近距離で見つめてきて言われた。

「今のは内緒」

 いたずらっ子みたいな表情でそんな言葉……そしてファイルを手渡された。

「ちゃんと書き直しといて。確認もしない訂正なんか認められるわけない。アルコールの廃棄は産廃扱いにするのも俺が了承した。あと、これからは揉めたらちゃんと報告するように」
 
 言い終わると同時に実験室の扉が開いてメンバーがぞろぞろと入室してくる。

 昨日感じた胸に刺さった小さな痛み、その痛みの棘を抜いちゃいけない……あの時どこかでそう思った。

 でも今確信した。

 この棘は抜いたら深い傷になる、きっと取り戻せないような痛みを伴ってしまうだろうと。

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