ゆびさきから恋をする
 辞典を広げてそんな言葉をこぼすから思わずジッと手元を見つめるとそこのページに載っている元素を呟いてしまった。

「……マンガン?」

「……うん……」

 脳内は他のことで占められているのだろう。お座なりな返事が逆に親し気で。

「……なんで硝酸で溶けないんかな」

「……」

 これは私に聞いてるのか? まさかな。悩みがきっと声になってるだけで私に聞いてるわけではないだろう。そう思って特に返事も返さなかった。けれど私も脳内でマンガンの分解方法を思い出してみる。

 (マンガンなら……確かに硝酸溶解? 溶けない理由は……サンプルの素性の問題ってことなのかな?)

 やはり難しいことまではわからない。考えたところで私がわかるのは手順書に載ってるやり方のみ。なぜこれで、こういう意図で、こうだから! みたいな理屈や理由まで理解できていない。久世さんの悩みになど答えてあげられる人間ではないのだ……そう思っていたのに。

「なんでかな」

「え」

 ジッと見つめて聞いてくるから戸惑った。

 (なに? やっぱり私に聞いてたの?)

 思いがけぬ問いかけ。ええっと、といろんな意味で驚いて思考をぐるぐるさせつつも私の脳内で思いつくことがあった。
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