ゆびさきから恋をする
 一瞬戸惑う気持ちはあるものの、ポロリと尋ねてしまった。

「塩酸溶解でも溶けないんですか?」

「え?」

「砒素を分解するとき、過マンガン酸カリウムも添加しますよね? その時は塩酸溶解で綺麗に溶けますよ?」

「……」

 久世さんの目が私をジッと見つめている。だからイケメンに見つめられるのは困るんだけど。そんな思いと思わずこぼした言葉に気まずさ倍増である。

「あ〜……ごめんなさい。よくわかってないのに余計なこと言ったかも……」

「過マンガン酸カリ? 気づかなかったわ」

「え……」

「確かにその理屈だとマンガンは溶けてる。それなら沈殿物があっても濾過して測定できるよな」

 (え?)

「すげぇじゃん。ありがとう」

 くしゃっと笑って久世さんは軽い足取りで実験室を出て行ってしまった。

 (……褒められちゃった)

 あんな仕事が出来てシビアな人にすごいなんて言われて単純に嬉しい。何気なく溢した言葉だったけど悩んでいる久世さんの手助けが出来たのかと思うと胸が綻んだ。

 嬉しいと、感じる気持ちはこんな些細なことだったのかと知る。

 私は……こんな風に仕事の話をしてどこかちょっと寄り添うみたいな時間が欲しかったのか。それはここで学んできた自分が受け入れられている証になるみたいで嬉しかったのだ。

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