ゆびさきから恋をする
 定時になればチャイムが鳴るからまあいいか、とあまり深く考えずに作業を続けていると試験した依頼の依頼書が見つからない。

(あれ、この試験ってもう終わったよね? 私以外にも試験してた人っていたのかな)

 ファイルを探しても見つからないので奥に行ってファイルを探してみる。

(どこかに紛れちゃってるのかな)

 棚からファイルを取り出そうとしているところに急に扉が開いた。

「あれ? ここにいたの?」

 久世さんだ。

「お疲れ様です」

 机に広がるサンプルと依頼書を見つめて片づけをしているのがわかったのだろう。とくに何をしているのかも聞かれることもなく、長い足が迷わず私に寄ってきて背後からファイルを代わりに取ろうとしてくれる。

(……あ)

 それは何だかあの日と同じで。

 休日の本屋での時間がよみがえって……体が変に身構えた私に久世さんがプッと吹き出す。

「ここにも踏み台いるな」

「……久世さんの権限で置いてもらえますか」

 恥ずかしさと照れでツンッと可愛くない声でそう言い返したら笑いながら言われた。

「検討しよう」

 そんな言葉に恐る恐る見上げたら見下ろしてくる久世さんがいて……。

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