ゆびさきから恋をする
 気持ちが高ぶって噛みついた。事務所内も心なしかシンッとしてしまって、後悔はないがやってしまった感はある。

「……」

「……」

 久世さんは黙っている。もちろん私も。ただ、周りの(あ~ぁ、偉そうに言ってるよ)みたいな空気感がすごい。


 派遣の私――が偉そうに上司に噛みついた。

 確かに偉そうだ。

 でも久世さんだって上司だからって偉そうにして人を顎で使っていいもんじゃないでしょうが!


「……ちょっと下いこうか」

 久世さんが静かに席を立ってソッと背中を押された。怒ってる風にも見えないが感情は全く読めない。実験室に行ったらどんな冷たい言葉を投げつけられるだろう、内心はドキドキしている。


(やっちまったかな……)

 そうは言っても後悔ゼロなわけでもない。速攻で時間を巻き戻したい気持ちに襲われるのだが。


「今日用事は?」

 聞かれた言葉が予想外で一瞬ためらうものの特に用事はないことを告げると、「じゃあ、しっかり残業つけろよ?」そう言って実験室の扉を開けて中に連れられた。
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