ゆびさきから恋をする
 久世さんが紙を一枚持ってくると実験台にそれを置く。並べられたサンプルフラスコを振りながら言ってきた。

「やってもらってたのはこれ。本社からの依頼試験で他社との比較サンプル、試作品だよ。急ぎじゃないけど値が出るのは早ければ早いほうがもちろんいい」

「……はぁ」

「測定してほしいのはBi2O3。まぁほとんど出ないと思う。測定したら計算までしてくれたら助かる」

「……わかり、ました。じゃあ、明日午前中に測定しておきます」

「ん。助かる」

 フッと笑われてドキリとした。


 ドキリはなにもときめいたわけでなはい。びっくりしたほうが勝つ。

「納得した?」

「え?」

「ほんとは意地でもさばいてやろうと思ってるだろ」

 そう言われて思わず息をのんだ。

「それは……言われたことは、やれる範囲したい性分で……」

「負けん気強いよな」

 そう言って笑われた。

(これって、馬鹿にされてる? なにこの人、馬鹿にしてんの!?)

「とりあえず、よろしく。おつかれ」

 依頼書を渡されて久世さんは実験室を出て行った。

(ムキになってやるってわかって振ってたってこと? めちゃくちゃ意地悪くない!? やっぱり腹立つ!)

 この日を境に久世さんは堂々と依頼書を持ってきて追加の仕事を私に振るようになってきた。そのおかげで私は分刻みで仕事に追われることになったのである。

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