ゆびさきから恋をする
「あ……」

 チャイム音に反応して声を漏らすと久世さんがジッと見つめてきた。

「……どうする? もう帰る?」

 何かを含んだような笑みを浮かべて聞いてくる。

「……いえ、今日は残業します」

 その笑いに乗っかった。

「了解、依頼書取ってくるよ」

 長い足が駆けるように廊下を走っていくのを扉の中から覗いて感じてしまった。

(あぁ、どうしよう)

 私はもしかして、気づかないようになんて言い訳をしてきただけなんだろうか。

 胸に刺さった棘が取れようとしている。

 グラグラと……あんなにきつく刺していたはずなのに、いつからこんなに揺らぎだしていたのか。
 
 仕事をして、任されて、信頼されて……自惚れ出していた。そこに変な勘違いまで持ち込んだらもう部下でなんかいられない。


 気づかれたくない、なんとか自分を誤魔化して部下の顔をし続けないと。

 そうじゃなきゃ――もう久世さんの傍で仕事ができない。


(いやだ……私、久世さんの下で働きたい……)


 そして私は自分にそう言い聞かせて、心の中で育ちだした気持ちに必死で蓋をしようとしていた。

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