ゆびさきから恋をする
 抱きしめてた腕の力を緩めてそっと髪の毛を掬う。
 柔らかな髪の毛から香る甘い匂いに鼻をくすぐられ、小さいけれど弾力のある身体を抱きしめているともうどうしようもなくなった。

 (優しくしたいんだよ……)

 見つめながらそう思う。

 優しくしてやりたい。こんな風に泣くならなおさら。

 そう思って手を頬に伸ばして柔らかな頬を包み込んだ。大きな猫目は涙で波打ってキラキラしてて、泣かせたくなんかないのにこの瞳に見つめられていたらどうしたって可愛いと思ってしまった。

 もうひとりで泣かせたくない。
 抱えて溜め込む気持ちがあるなら……俺にぶつけてくれよ。

「見ないで、ください」

 そんな思いで伸ばした俺の手を振り払うように顔を背けるから余計に離したくないし見たくなる。

「いや、見るだろ」

「っ……なんでっ」

「見たいから」

「み、見せたくありません!」

 抵抗するけど腕の中なので逃げる範囲が限られているから無駄な足掻きだ。

「逃げるな」

「……でも、だって……」

 涙で濡れた頬を親指の腹でなでると、身体を一瞬ビクリとさせて、ためらうように見上げてくる。

 漆黒の大きな瞳が、涙で潤んでいる。

 その瞳に吸い込まれるような錯覚。でもそれが錯覚でなければいいのに。そんな思いが逃げようとする腰をグッと引き寄せて、自ずと腕に力が入る。抱きかかえられるような体勢に彼女自身が諦めたのか。

 身体が密着する。
 ふたりの間にあった距離感はもうなくなった。


「久世さん……」

 小さな声。とまどいを隠せないような、囁くような声。でもその声はもう……。

(そんな可愛い声で呼ばれたら無理だわ)

 赤いくちびるが俺の名を呼ぶだけで気持ちが昂って、俺はそのままソッと顔を近づけた。

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