ゆびさきから恋をする
 抱きしめられていた腕の力がフッと緩んだと同時に胸がぎゅっと締め付けられたけど躊躇わずに告げた。

「今のは忘れるので……久世さんも忘れてください」

「は?」

「だって……」

「だってなに?」

「なにってだって!」

「だからなに?」

 この人はいつも説明を求める。仕事じゃないんだから察してほしい。

「だって……久世さんは、上司で、ここは職場で。私は……ただの派遣社員で」

 それ以上言葉を続けられず、一瞬息と一緒に言葉を飲み込んだのは久世さんが怒っているのがわかったからだ。

「だから……そのぉ」

「……だから?」

 声が冷たい。さっきまでの甘い雰囲気はどこへやったのか。

「……だから……」

 何も言わなくても一瞬でピリッとした空気を出す。怒りのオーラ、そんなものが本当に出せる人。

 ビビるよりかは戸惑って、そこで言葉を飲み込んでしまったら、勢いをなくしてもうなにも言えなくなった。

「はぁー」

 深いため息をつかれて心臓が跳ね上がった。
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