ゆびさきから恋をする
 乾燥機から取り出したサンプルは乾きすぎていてヒビまで入っていた。さっきのタイマー音、あれは誰でもない私が乾燥時間をセットしたタイマーだ。

 誰だよ、止めたのは! そう思ったけれど、自分でまた突っ込む。

 誰が止めるじゃない、勝手に止まった、それを放置してただけだ。

(これはもう誰が見ても……)


「やり直しだな」
 
 頭上から冷静な言葉が降ってきてさらに絶句した。

「二週間の努力が……」

 乾いたサンプルを手に肩を落とすとフッと笑われた。

「ねぇ、結構大事な話してたと思うんだけど」

 笑いを含んだ少し楽しそうな声、それだけで胸がキュッと締め付けられたが落ち込む気持ちも少しは察してほしい。

「それは……でもだって、今日やっとここまでっ……これやり直し三回目なんですよ?」

「知ってる」

 ケロッと言われて言い返したい言葉も湧いてこない。毎日進捗や予定を朝のミーティングでも伝えているんだ。久世さんが私の仕事状況を理解していないわけがない。

「はぁ……またやり直し。もう……なにやっ――っ!」

 肩を落としていたら目の前に久世さんの両腕がクロスされてきて、そのまま背後から引き寄せるように抱きしめられて息が止まりそうになった。


「ほんと、仕事好きだな」


 好きだ……この仕事も、久世さんのことも。

 久世さんはいつでも仕事をする私を見てくれる。仕事をする私を受け入れてくれる。そんな思いを胸に抱えだしたらもうダメだ。また目の前が揺れて滲み始める。

 抱きしめられた腕に迷いながらもソッと触れたら、腕の力が強まった。


「あのさ……遊びや慰めであんなキスしないから」

(……)

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