黒皇帝は幼女化した愛しの聖女に気づかない~白い結婚かと思いきや、陛下の愛がダダ漏れです~
 私は治癒のときにはいつも『早くよくなりますように』と祈りを込めた言葉を唱えている。
 私以外の聖女達は、精神集中が途切れるのを考慮してしゃべらない。聖女の癒しにはかなりの神聖力を消耗するのだ。自分の力を他人に分け与えているのだから、当然と言えば当然だろう。
私には治癒中にしゃべるくらい造作もないため、長年かけて染みついた習慣をやめる必要もなかった。

「オディリア。おまえには以前も命を助けられた。遅くなったが礼を言う」

 以前? 遅くなった? 私は前にも陛下を助けたことがあるの?

「一度目は辺境近くの廃屋だ」
「……あっ!」

 思い出した。終戦間際のころ、多くの兵士が傷ついていると耳にした私は、居てもたってもいられず、教皇様に直接頼み込んで辺境の治療院に行かせてもらった。

 基本的に大聖女は教皇庁にいなければならない。皇族や高位貴族に何かあったときのためだ。
 そのため治療院の院長を始めとする数名以外には、私が大聖女ということは隠していた。

 治療院に入ってから三日目の朝。ずいぶん早くに目が覚めた私は、何かに呼ばれているような気がして、ひとりでこっそり治療院を抜け出した。導かれるように足を運んだ廃屋で、血まみれで倒れている男性を見つけた。
 頭の先から足先まで全身が泥や血で真っ黒で、顔もよくわからなかったけれど、傷がかなり深く危険だったため、無我夢中で聖女の癒しを発動した。

 男性の命は助かったけれど、しばらくは看護が必要な状態だった。しかしながら私ひとりでは治療院に運ぶことはできない。手伝いを呼ぼうといったん治療院へ戻ったものの、そのタイミングで王宮からの呼び出しがあった。治療院の廃屋の男性の治療をお願いして、急いで王都へ向けて立ったのだった。

 あの男性が陛下だったの⁉

 あのとき私がわがままを言って辺境の治療院まで赴いたせいで、前皇帝陛下と皇太子殿下の治療に間に合わなかったのだと、ずっと良心の呵責に耐えていたけれど、陛下のことを助けることができたのなら、少しは意味があったのかもしれない。

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