黒皇帝は幼女化した愛しの聖女に気づかない~白い結婚かと思いきや、陛下の愛がダダ漏れです~
 それからは多忙を理由に朝食にすら顔を出さなかった。もう二度と彼女の怯えた顔を見たくないというのが一番の理由だ。

 それでも三カ月も経ってから朝食に出ようと考えたのは、王宮内で俺と皇后の不仲説が広がっているのを耳にしたからだ。
『皇后と不仲なら側妃を』と、我先に身内の令嬢を差し出そうとしてくる貴族たちのなんと多いことか。

 今はまだ腐敗した宮廷政治を正すのに忙しく、敵味方の区別をつけるのが難しい。
 側妃腹の第二皇子が皇帝になるなど考えもしなかった貴族達の、手のひらを返したような態度を見ることにもうんざりしていた。
 
 もう少し内政が落ち着くまでは、皇后との夫婦関係がうまく言っているように見せかけたほうがいいようだ。
 朝食くらいならあまり顔を見ずとも済むか。そうして俺は重い腰を上げた。

 しかしながら、彼女はまたしても俺の予想をはるかに上回ってくる。

 苦味の強い野菜であるツルレイシを、涙目になりながらも一生懸命食べている様子は、健気でありながらどこかおもしろい。この大聖女はいったいどんな人間なのだろう。そんな興味を覚えた俺は、彼女が誘った散歩に乗ってみることにした。

 結果、それが吉と出たのか凶と出たのか、今の俺にはわからない。
 ただ、朝陽を浴びた新緑のようにみずみずしく輝く瞳や、クルクルと変わる表情に目を奪われた。
 頬を染めながらはにかむ笑顔はあどけないのに、『うわさなど信じない』と口にしたときの横顔は、毅然としていてとても美しかった。

 思えばこの三か月間ずっと、あの夜『一緒に幸せになってください』と言った彼女の言葉と笑顔が頭から離れなかった。

 ああ、俺は、彼女のことを好きになってしまったのだな。

 誰かを好きになる自分など想像もつかなかった。愛し愛されるとなど無縁の人生だと、はなから諦めていた。

 望んでもいいのだろうか、彼女との未来を――。

「一緒に幸せになってくれるのだろう、オディリア」

 目が覚めたらこの想いを彼女に伝えよう。

 寝台に広がる艶やかな赤髪をすくい取り、そこに誓いの口づけを落とした。




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