黒皇帝は幼女化した愛しの聖女に気づかない~白い結婚かと思いきや、陛下の愛がダダ漏れです~
 私からこんなふうに言われるとは思わなかったのだろう。エルマの体が小刻みに震えて、怒りが背中から伝わってくる。けれど私は恐怖を凌駕するほどの憤りが満ちていた。

 怒りに突き動かされるまま、首元に短剣が食い込むのも構わず声を張る。

「運の尽きですって? 冗談言わないで。運は切りひらくものよ。もしたとえ尽きることがあるとしても、それは絶対に陛下のせいじゃない!」

 言い終わるや否や、ありったけの力を込めエルマの手に嚙みついた。

「ぎゃあああっ」

 カランと音がして短剣が床に落ちる。口の中に血の味が広がるも、あごの力は緩めない。

「このっ!」
「きゃあっ」

 思いきり反対の手で叩かれて床に転がった。

「よくも!」

 髪を振り乱したエルマが血走った目で私を睨みつける。今まで王宮で見てきた彼女とはあまりにも違う姿に、私は声をなくして固まった。

 エルマが床に落ちた短剣を拾おうと手を伸ばす。あと少しで届く、というところで、陛下の剣の切っ先が彼女の喉に突きつけられた。

「観念しろ、エルマ・ゲーベル」
「くっ」

 陛下は私がエルマの手から離れたのを見て、すかさず剣を取り戻したのだろう。

「もうすぐ近衛騎士団が到着する。愚かな企てもここまでだ」

 どうにかピンチを切り抜けられたと、詰めていた息をほっと吐き出した――そのとき。

「これを見ろ!」

 後ろから聞こえた声に振り返った。目に飛び込んできた光景に息をのむ。さっきまで壁際でのびていたはずのやせ男が、いつの間にかオディリアにナイフを突きつけていた。

「オディリア!」

 陛下が叫んだ直後、ズブリと鈍い音がした。「うっ」とうなった陛下が、その場に崩れ落ちる。

「へーか!」

 突然倒れた陛下の前にしゃがみこむ。陛下が押さえている脇腹あたりの服の色が、みるみる赤く染まっていく。

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