黒皇帝は幼女化した愛しの聖女に気づかない~白い結婚かと思いきや、陛下の愛がダダ漏れです~
「いい気味」

 エルマの声がして振り仰ぐと、彼女が持っている短剣が柄のところまで血に濡れていた。

 それってまさか……陛下の……。
 陛下の足元に血だまりが広がっていく。

「いやあぁぁっ!」

「陛下!」と必死に呼んでも、彼は苦しげに眉を寄せているだけだ。

 すぐに傷をふさがなきゃ。
 陛下の傷に手を当てたが、熱くもならなければ光もしない。

 そうだ……今の私はオディリアじゃない。こんなときに聖女の力が使えないなんて!

 焦っている間にも血だまりが広がっていく。

「陛下! 目を開けて! 起きたらバラをくださるって言ったじゃないですか!」

 涙があふれ出して止まらない。

「これでもうこの男も終わりよ!」

 エルマは上機嫌な声が部屋に響く。

冥途(めいど)の土産に教えてあげる。あんたとその女のせいで、私はユリウス様の后になれなかった! 不幸のどん底に突き落とした奴らを憎んで何が悪いの⁉」
「え……?」

 彼女が何を言っているのか全然理解できない。かろうじて『ユリウス』というのが元皇太子の名前だと気づいた。

「ユリウス様は私を心から愛してくださったわ。自分が皇帝になったあかつきには、カリーナと婚約破棄して私を皇后にしてくださるとお約束くださったの! それなのにその死神のせいでユリウス様があんなことに」
「陛下を死神と呼ぶことは許しません!」

 とっさに口をついて出た。

「それに何ひとつ陛下は悪くないわ! 逆恨みで命を奪おうとするほうがどうかしてる!」
「ガキが偉そうに言うんじゃないよ!」

 激しい剣幕で私を怒鳴りつけたエルマは、私の背後にいるオディリアをいまいましげに睨んだ。

「はっ、何が大聖女よ。ユリウス様を見捨てたくせに!」
「それはっ……」

 エルマの言葉がグサリと胸に突き刺さった。皇太子が倒れたとき、私がもっと早く治療していたら……そう何度思ったことか。
 遅れたのは辺境の治療院に行ったせいだ。おとなしく教皇庁にいたなら、すぐに駆けつけることができたはずだった。

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