黒皇帝は幼女化した愛しの聖女に気づかない~白い結婚かと思いきや、陛下の愛がダダ漏れです~
「そんなにこの男がいいなら、あんたも一緒にあの世へ送ってあげるわ」

 エルマが男に合図を送る。男はなぜか部屋から出て行った。

 こうしている間にも陛下の血は流れ出ていて、どんどん顔色が悪くなっていく。

 聖女の力さえあれば……。

『今の体を維持するのにも神聖力が使われている』

 教皇様が言っていた通りなら、この体にも神聖力があるはず。スカートの上からそっとポケットを押さえたら、固い感触がある。月光露の入った小瓶だ。
 これをオディリアに飲ませたところで、目を覚ますとは限らない。

 じゃあ私がこれを飲めば……。

 一瞬、あのとき教皇様のもうひとつの助言が頭をかすめたが、気づかないふりをした。

 たとえだめだったとしても、このまま何もしないでいたら確実に陛下も私も死んでしまう。それくらいなら――。
 ポケットの中にある小瓶を取り出そうとした。そのとき、ドアからさっき出て行った男が、台車に大きな檻を乗せて戻ってきた。中には人間の背丈以上もある、銀色の獣がいる。

 狼? それにしては大きすぎる。

「いったい……」
「これはフェンリルよ」

 エルマの言葉に目を見開いた。
 フェンリルといえば、伝説の魔獣だ。太古の時代には数多くいたとされるが、今は森の奥深くにいて人の目に触れることはないと聞く。

 どうしてそんなものが……。

 檻の中で鼻にしわを寄せ、低いうなり声を上げている。一節では人との意思疎通ができるほど知能の高い魔獣だそうだが、今の姿からはその様子はうかがえない。怒りに満ちていて檻がなければ今にも飛びかかってきそうだ。

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