黒皇帝は幼女化した愛しの聖女に気づかない~白い結婚かと思いきや、陛下の愛がダダ漏れです~
「売人から買えたのは運がよかったわ。人里をうろうろしていたのを捕獲したそうよ。かなりの大金を払った分、役に立ってもらわないと」

 ふふふと笑ったエルマは檻のところまで行き、手を上げた。男が檻を開ける。
 グルルルルとうなりながら檻から出てくる。

 どうしよう、こっちへ来る!

 むき出しになった犬歯は短剣のようで、噛まれたらひとたまりもない。人間の脚の太さほどもある四肢には鋭い爪がついていた。
 いつ飛びかかってきてもおかしくないフェンリルに、私は恐怖で全身がガタガタと震えるのを感じていた。
 でも、陛下を守れるのは私しかいない。

 気づいたら立ち上がって両手を広げていた。背中に陛下をかばいながらフェンリルの前に立ちはだかる。
 次の瞬間、フェンリルがこちらに大きく跳躍した。

 陛下……!

 両目を固くつぶった次の瞬間、顔に生温かくぬるっとしたものを感じた。

「……っ」

 驚いて目を見開くと、すぐ視界いっぱいにフェンリルの顔がある。ただ、さっきまでとは違い、うれしそうにハッハと舌を出していた。

 どういうこと?

 何が起こったかわからずに困惑していると、フェンリルの前足が目についた。そこには見覚えのある傷跡があった。

「もしかしてあなた……あのときの」

『正解!』とでも言うかのように、もう一度顔をベロンと舐められる。

 まさかあの子狼がフェンリルだったなんて!

 今の自分と同じように、傷を負って魔力が減っていたせいでちいさくなっていたのかもしれない。

「元気そうでよかったわ」

 両手をフェンリルの顔に当てると、スリスリと額をこすりつけられた。ふさふさしたしっぽがブンブンとうれしそうに振られているのが見えて、胸の中がほっこりと温まった。

「おまえ!」

 エルマの甲高い声にふさふさした三角耳が、ピクピクと反応する。フェンリルはクルリと私に背中を向け、エルマ達に向かってうなり声を上げはじめた。

 守ってくれるの?

 フェンリルの背中を見ながら、私は腹をくくった。やるなら今しかない。

 このまま陛下を死なせたりしない!

 ポケットから小瓶を取り出しふたを開ける。意を決して月光露を一気にあおった。 

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