【番外編】イケメン警察官に2人ごと守られて。
玄関の鍵を閉め、靴を脱ぎ捨てると、そのまま寝室へ向かった。
涼介が夕食はいらないと言っていたことだけが、頭の端にぼんやり残っている。

キッチンに立つ気にもなれなかった。
冷蔵庫の扉を開けることも、コンロに火をつけることもできない。
ただ、ふらふらと寝室へ入り、
ベッドの奥に置いてあった、ぞうさん柄の小さな毛布を手に取った。

重たく沈み込むベッドの上に、そっと腰を下ろす。
毛布をぎゅっと抱きしめると、堰を切ったように、胸の奥からじわじわと込み上げてきた。

(……どうして、こんなに苦しいんだろう)

警察署での冷たい視線。
吐き捨てるような言葉。

──いいご身分ね。奥さんは。

思い出すたび、胸の奥がひりひりと痛む。
そして、知らず知らずのうちに、もっとずっと古い記憶が呼び起こされていった。

──あなたは、お姉ちゃんと違って、我慢できるでしょう。
──お姉ちゃんは忙しいの。大変なの。あなたは後にして。

あの頃、幼い自分は、
ほんの少し、甘えたかっただけだった。
「こっちを見てほしい」
「私のことも大事にしてほしい」
ただ、それだけだったのに。

気づけば、
我慢することが“当たり前”になっていた。

本当は、もっと抱きしめてほしかった。
優しく撫でてもらいたかった。
でも、叶わないとわかっていて、口にすることすらやめた。

──我慢しなきゃ。
──泣いたら、もっと嫌われる。

小さな美香奈が、誰にも言えないまま、ぽつんと心の中で縮こまっている。
その頃と同じように、今もまた、自分はひとりで、寒いベッドの隅っこにいる。

ぞうさん毛布をさらにぎゅっと握りしめた。
涙が、枕を濡らすのを止められなかった。

声を出さないように、歯を食いしばる。
漏れそうになる嗚咽を、ぎりぎりのところで堪えながら。

──寂しい。
──誰かに、ただ、大丈夫だよって、抱きしめてほしい。

そんな小さな祈りだけが、
静かな寝室の空気の中に、じっと沈んでいった。
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