海に凪ぐ、君の名前
父さんは、いつもの通りパソコンに向かってキーボードを叩いていた。

ドアの開く音で、俺に気がつく。

相変わらずの感情の読み取れない表情で声を発した。

父さんが息を吸って、言葉として吐き出すまでの時間が、ひどく長く感じる。

ダークブラウンの木製机の足には、凝った彫刻が施されている。

「昨日、どこへ行っていた」

「近くのて、堤防、です」

威圧感のある父の物言いに、言葉がどもる。

「なぜ、ナツに連絡を入れなかった?」

「それどころじゃなくて」

「連絡より重要なこととはなんだろうな」

びくりと肩が揺れるのが分かる。

「連絡を入れずに帰らなくて、ナツが心配しないとでも思ったのか?その場から、先のことは考えられなかったか?目先のことしか考えられなかったことは、反省するべきだ」

反論しようとして、言葉が出なかった。

想良の顔が浮かんで、喉の奥が詰まった。

「俺の仕事に同行しろ。学校はしばらく休め」

「は…?これから受験に向けて模試も増えるし、補習だってあるんだ。休めるわけないだろ」

「この間、テストが終わったばかりだろう。それに、世の中、勉強だけできても生きていけない。現場を見ろ。お前が背負うものを、自分の目で理解しろ」

「なんだよ、それ…。今まで、勉強勉強勉強って言ってたくせに!」

俺は、初めて父さんに声を上げた。

「勉強をすることは当たり前なんだよ」

それを父さんは、間を置かずに厳しく言い放った。

「背負うものの責任を自分の目で見るんだ。それが、今のお前にとって大切なことだ」

これは命令だ。

沖野の人間であり、少しでも『社長じゃなくても俺である理由がある』ことを信じた報いだ。

逃げ場なんて、最初からなかったんだ。
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