新・安倍晴明物語~泰山に舞う雪の花~
第2話(1)兵革
承平八年(938年)四月、安倍晴明は師匠の賀茂保憲とともに陰陽寮に入った。陰陽寮には事務職と技術職に分かれており、長官の陰陽頭をはじめ助・允・大属・少属が各一名在籍している。一方、技術職には陰陽・暦・天文・漏刻の四つの部門があり、漏刻を除いた三つの部門では一人の博士が十人の生徒を指導する。このほか、陰陽部門には六人の陰陽師が配置されている。陰陽部門は占術、暦部門は造暦、天文部門は天文観測、漏刻部門は時報を担当している。
賀茂氏は暦道の一族であるため、保憲は暦部門の生徒になった。本来なら弟子も師匠と同じ道を学ぶものだが、暦道の家系に生まれなかった晴明は生徒として認められず、雑用係の使部になった。もっとも、晴明は「本来なら路頭に迷うはずだった自分を賀茂家が受け入れてくれた」と恩を感じていたので、不満に思うことはなかった。
ある日、晴明が陰陽寮で雑務をこなしていると、突然激しい風が吹き付けてきた。晴明が寮の中に入ってきた砂埃を掃いていると、上空に黒雲が立ち込めてきて昼にもかかわらず真夜中のような暗闇に覆われた。
晴明が不安げに空を見上げていると、大地が微かに揺れ始めた。震動は徐々に大きくなり、やがて未曾有の大地震になった。地震は数刻続き、誰も彼もみな「このまま大地が割れて、地獄に落とされてしまうのではないか」と恐怖に震えた。晴明は首から下げていた懸守を握りしめて、地震が止むことを祈った。その懸守には、玉屑からもらった耳飾りが入っているのだ。しばらくして地震は止み、陰陽寮の皆は破損した器具がないか確認し、漏刻博士の秦具瞻は急いで漏刻と鉦鼓の無事を確かめた。
翌日、陰陽頭の出雲惟香は大地震の吉凶を占い東西の諸国で兵革が起こる兆しだと奏上する。ちょうどこの頃、承平五年(935年)に東国で起きた平氏一族の内紛が拡大しており、西国でも藤原純友による紛争が続いていた。将門は桓武天皇の後裔で、純友は藤原氏の血を引いていたので、世間では「将門と純友が結託して、国家を転覆させようとしているのではないか」という不穏な噂が流れた。惟香は災いを鎮めるために改元が必要だと奏上し、元号が承平から天慶に改められた。
大地震の後も大地は揺れ続け、激しい風が吹き鴨川の水が氾濫した。陰陽寮では頒暦の提出期限が迫っていたが、暦を記している間に地震で揺れるので、なかなか思うように進まなかった。保憲は「どうか御暦奏に間に合いますように」と地震が鎮まることを祈った。
冥界では、大地震と洪水による大勢の死者の魂が忘川に漂着していた。玉屑は幼い頃に出逢った少年を心配して、泰山府君に地震を鎮める方法はないのか尋ねる。しかし、彼女の期待とは裏腹に泰山府君は「天寿を変えることはできない」と冷たく突き放した。司命は「あの地震は朝廷に大乱の危機を伝えているのです」と宥めるが、玉屑は泰山府君に「無辜の生命を犠牲にして危険を報せるぐらいなら、天上から星を落として報せれば誰も傷つかずに済むのではないのですか」と抗議するが、泰山府君は「自然現象は私の管轄外だ」と意に介さなかった。
玉屑は最悪の事態を考慮して、司命に「満月丸という名前の人が忘川に来たら私に教えて」と頼む。しかし、司命は「満月丸は幼名なので、今はもう名前が変わっていますよ」と告げ、玉屑は途方に暮れる。炳霊帝君は「平安京に住む貴族の男は薄情で不誠実だというから、彼はもう玉屑のことを覚えてもいないのではないか」と言って玉屑の想いを断ち切ろうとする。玉屑は炳霊の言葉を真に受けて落ち込んでしまう。
賀茂氏は暦道の一族であるため、保憲は暦部門の生徒になった。本来なら弟子も師匠と同じ道を学ぶものだが、暦道の家系に生まれなかった晴明は生徒として認められず、雑用係の使部になった。もっとも、晴明は「本来なら路頭に迷うはずだった自分を賀茂家が受け入れてくれた」と恩を感じていたので、不満に思うことはなかった。
ある日、晴明が陰陽寮で雑務をこなしていると、突然激しい風が吹き付けてきた。晴明が寮の中に入ってきた砂埃を掃いていると、上空に黒雲が立ち込めてきて昼にもかかわらず真夜中のような暗闇に覆われた。
晴明が不安げに空を見上げていると、大地が微かに揺れ始めた。震動は徐々に大きくなり、やがて未曾有の大地震になった。地震は数刻続き、誰も彼もみな「このまま大地が割れて、地獄に落とされてしまうのではないか」と恐怖に震えた。晴明は首から下げていた懸守を握りしめて、地震が止むことを祈った。その懸守には、玉屑からもらった耳飾りが入っているのだ。しばらくして地震は止み、陰陽寮の皆は破損した器具がないか確認し、漏刻博士の秦具瞻は急いで漏刻と鉦鼓の無事を確かめた。
翌日、陰陽頭の出雲惟香は大地震の吉凶を占い東西の諸国で兵革が起こる兆しだと奏上する。ちょうどこの頃、承平五年(935年)に東国で起きた平氏一族の内紛が拡大しており、西国でも藤原純友による紛争が続いていた。将門は桓武天皇の後裔で、純友は藤原氏の血を引いていたので、世間では「将門と純友が結託して、国家を転覆させようとしているのではないか」という不穏な噂が流れた。惟香は災いを鎮めるために改元が必要だと奏上し、元号が承平から天慶に改められた。
大地震の後も大地は揺れ続け、激しい風が吹き鴨川の水が氾濫した。陰陽寮では頒暦の提出期限が迫っていたが、暦を記している間に地震で揺れるので、なかなか思うように進まなかった。保憲は「どうか御暦奏に間に合いますように」と地震が鎮まることを祈った。
冥界では、大地震と洪水による大勢の死者の魂が忘川に漂着していた。玉屑は幼い頃に出逢った少年を心配して、泰山府君に地震を鎮める方法はないのか尋ねる。しかし、彼女の期待とは裏腹に泰山府君は「天寿を変えることはできない」と冷たく突き放した。司命は「あの地震は朝廷に大乱の危機を伝えているのです」と宥めるが、玉屑は泰山府君に「無辜の生命を犠牲にして危険を報せるぐらいなら、天上から星を落として報せれば誰も傷つかずに済むのではないのですか」と抗議するが、泰山府君は「自然現象は私の管轄外だ」と意に介さなかった。
玉屑は最悪の事態を考慮して、司命に「満月丸という名前の人が忘川に来たら私に教えて」と頼む。しかし、司命は「満月丸は幼名なので、今はもう名前が変わっていますよ」と告げ、玉屑は途方に暮れる。炳霊帝君は「平安京に住む貴族の男は薄情で不誠実だというから、彼はもう玉屑のことを覚えてもいないのではないか」と言って玉屑の想いを断ち切ろうとする。玉屑は炳霊の言葉を真に受けて落ち込んでしまう。