S L S -病弱天然ちゃんはドSイケメンに溺愛される-
第三章⚫︎心音の秘密
 それから数日後の夜、白田は医局でカルテ整理をしていた。

 残業も珍しくない日常――のはずだったが、背後からふと感じる視線に、思わず書き込む手が止まる。

「……いるなら声かけてくださいよ、黒川先生!」

 白田は椅子から立ち上がり扉の隙間からひょこっと顔を出すと、案の定、そこには黒川が無言で壁に寄りかかっていた。

「……お、気づいてたのかよ」

「そりゃ、気配で分かります。結構前から見てましたよね?………というか、最近ずっと見張られてる気がするんですけど?」

「監視だよ。監視。あんなしっかり倒れられたんだから、全然信用できねぇの!」

「ひどい……」

 小さく苦笑いする白田を見て、黒川は目を細めながら空いてる椅子に腰をかけた。

「おい、笑ってる場合か。お前の検査結果、今日出たんだろ?俺が検査してやるって言ったのに嫌がって他の奴にさせて。」

「……はい。だって…なんとなく怒られそうで……。あの、黒川先生……」

 白田はゆっくりと椅子に座り、彼を真正面から見つめた。

「私、やっぱり先天性の心疾患が悪化してました。治療方針、変えないといけないって言われました。」

 静かな声に、黒川の指先がわずかに揺れた。

「……あぁ。お前の主治医なんだから報告は受けてる。だから無理させねぇように見張ってたって言ってんだよ。」

「でも、医者として、やれることはやりたいんです。自分が苦しんだからこそ、私が誰かの心臓を助けたい!と思って始めた仕事を自分の心臓が原因で諦めるのは、どうしても………」

 澪の声は震えていた。覚悟を固めたようで、どこか怖がっているような。

 そんな彼女の前に、黒川はすっと近づいて膝をついた。

「……なら、俺が全部支える。お前が医者を続けるっていうなら、俺が無理矢理にでも生かしてやるよ」

「え……?」

 彼の目は真剣だった。冗談も毒も一切ない、まっすぐな言葉。

「お前の心臓のリズムくらい、全部覚えてやる。調子の悪い日も、息がうまく吸えねぇ日も……ぜんぶ、俺がそばにいる」

 澪の目から、ぽろりと涙がこぼれた。

「……なんで?………なんで、そんなに優しいの?」

 思わず白田は敬語を忘れるくらい驚いた。

「優しくなんかねぇよ。俺は、お前じゃないとダメだから。それだけ」

 その夜、初めて澪は、黒川の胸の中で泣いた。

 弱さを隠して、誰にも頼らなかった彼女が、唯一“甘えられる”存在を見つけた瞬間だった。
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