S L S -病弱天然ちゃんはドSイケメンに溺愛される-
第二章⚫︎処置の距離感
 医局奥の処置室の白いカーテンに囲まれた一角。白田は無理矢理連れてこられたまま、憂鬱な気分でベッドに横にさせられ、いつのまにか腕に刺さった点滴のチューブをうとうとしながら見つめていた。

 ふと気づけば隣の椅子には、さっきまで外科のオペに入っていて疲れているはずの黒川が、まだ足を組んで座っていた。

「……え、黒川先生?ずっとここに……?なんで?」

「俺の方が聞きてぇわ。お前朝食ってねぇだろ?なんでお前、朝から何も食ってねぇんだよ」

「え、あの、それは……ちょっとバタバタしてて」

「言い訳になってねぇ」

 黒川の声は冷たい。それでも、カーテンの向こうに誰もいないのを確認すると、ふと柔らかい声に変わる。

「……お前、自分の命軽く見すぎだ。俺の前で倒れるなって言ったよな」

「は、はい……。でも、私……医者だから、患者さんが優先で……」

「お前が死んだら、患者もクソもねぇんだよ」

 その言葉に、は一瞬息を呑んだ。黒川の鋭い瞳が、まっすぐに彼女を捉えていた。

「俺は、他の奴が倒れるのはどうでもいいけど……お前だけは、嫌なんだよ」

「……黒川先生?」

 心臓が、また変なリズムで跳ねた。病気のせいか、それとも彼の声のせいか、自分でもわからない。

 そのとき、黒川がポケットからチョコレートの小さな包みを取り出し、白田の手に無理やり握らせた。

「食え。血糖値下がってんだろ。……甘いの、好きだったよな」

 ――それ、いつ覚えてたの?

 学生のころ、誰よりも遠い存在だった彼。冷たい目で人を見て、誰にも興味なんてなさそうだったのに。そんな彼が、私の好みを覚えていてくれた。

 胸が熱くなる。

「……ありがとうございます!」

「礼はいらねぇ。ちゃんと体調管理しとけ。それが医者ってもんだ」

 そう言って立ち上がる黒川の後ろ姿を、白田はしばらく見送った。

 彼の背中が、いつもより少しだけ、大きくて頼もしく見えた。
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