S L S -病弱天然ちゃんはドSイケメンに溺愛される-
第六章⚫︎選ばなければならないもの
 夜の病院は、いつもより静かで、少しだけ怖い。
 私は、ずっと考えていた。

 黒川先生が命を懸けて助けてくれたこと。
 でも、それが“禁じられた手術”だったということ。
 そして――私の命が、“愛”と“罪”の上に成り立っていること。

 ……苦しかった。

 でも。

「お前が、俺にとって“最初で最後”の執着だからだよ」

 その言葉は、心の一番奥に届いてしまった。

「……ほんとに、ずるい人」

 私はその夜、黒川先生に会いに行った。
 外科の当直室。ノックすると、彼は何も言わずに私を見つめた。

「私、知りたい。先生がしたこと、全部。ちゃんと受け止めるから」

 しばらくの沈黙のあと、黒川先生は低く言った。

「……あの日、俺は、もう助からないって判断されてたお前のカルテを、書き換えた。
 “蘇生の見込みあり”に。倫理審査も通さず、俺の研究データを使って、自分の責任で執刀した。」

「……だから、私は今ここにいるの?」

「そうだよ」

「じゃあ、私の命は先生の“罪”でできてるの?」

「違う」

 黒川先生は、静かに言い切った。

「お前の命は、お前自身が生きようとしたから今ある。俺はただ、それを――絶対に失いたくなかっただけだ」

 そのとき、私は気づいた。

 怖かったのは、黒川先生が何を“したか”じゃない。
 それでも、彼を信じたいと思ってしまう自分の気持ちだった。

 ……それは、恋だった。

「先生、私――」

 言いかけたそのとき、背後の廊下から足音が響いた。

 振り返ると、結城先生がいた。冷たい視線の奥に、なにか揺らぎがある。

「一ノ瀬先生。もう一度だけ聞きます。僕のところに来ませんか?
 僕なら、あなたの病気をもっと安全な方法で治せる。黒川先生の手を、あなたから引き離せる」

 その一言に、私はすべての答えを悟った。

「……ありがとうございます。でも、私は、この命をくれた人の隣にいたいです」

 黒川先生が一瞬、目を見開いた。

 そして、私の手を、そっと取った。

 体温は高くて、あの日のように強くて――私の心臓が、安心した。
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