S L S -病弱天然ちゃんはドSイケメンに溺愛される-
第八章⚫︎この命に、あなたを刻んで
 緊急コールが鳴り響いたのは、深夜2時。
 心臓外科のナースステーションが慌ただしく動き出す。

「一ノ瀬澪、呼吸停止!意識レベルGCS3!」

 コードブルー。
 搬送されてきたベッドの上で、澪はぐったりと目を閉じていた。

 モニターには、緩やかに落ちていく心拍の波。
 まるで命が――手のひらから滑り落ちていくみたいだった。

 「……やらせろ!俺が執刀する!」

 誰よりも早く駆けつけたのは、黒川悠真だった。
 結城が指揮を取ろうとする手を押しのけ、彼は無言で手術室へ澪を連れていく。

「おい黒川、それは――!」

「関係ねぇ。俺の患者だ」

 その目に迷いはなかった。
 “彼女を助けられるのは、自分しかいない”と確信しているような――いや、“彼女を助けなきゃ、自分も終わる”ような目だった。



 手術は、過去と向き合うような戦いだった。

 彼が5年前に使った未認可の治療法。それはすでに、今や“実験段階を超え、正式に承認目前”にまで至っていた。

 でも、澪のケースは例外だった。

 彼女の心臓は、もう限界だった。

「……戻ってこい、澪……」

 手を止めることはできない。
 祈るような気持ちで、黒川は手を動かし続けた。

 そして――

 ピッ……ピッ……ピッ……

 モニターに、小さな鼓動が戻ってくる。

「……戻った……!」

 ナースの誰かが小さくつぶやいた瞬間、黒川はようやく肩の力を抜いた。

 彼の目から、一粒の涙が零れたことに、誰も何も言わなかった。



 春の終わり。病院の屋上。
 私は、少し冷たい風に髪をなびかせながら、ゆっくりと目を閉じた。

「……私、生きてるんですね」

「当たり前だろ。誰が許可したと思ってんだ」

 隣に座る黒川先生は、相変わらず口が悪い。

 でも、その手は、あたたかくて。
 今、ちゃんと私の命がここにあることを、静かに教えてくれる。

「私……先生のこと、ずっと怖かった」

「は?」

「でも、ずっと、好きだった。たぶん、5年前から」

「……遅ぇよ。俺なんて、もっと前から、お前だけだったのに」

 強引で、無神経で、でも命をかけて私を救ってくれる――
 そんな彼の手を、私はそっと握り返した。

「ねぇ先生。私、もう逃げません。だから――」

「だから、なんだよ」

「ずっとそばにいてください」

 彼は、私を見つめ、少しだけ笑った。

「……あぁ。お前が死ぬまで、いや、それすら俺が管理してやる」

 ドSな言葉なのに、こんなに安心できるのは、たぶん彼だけ。

 私の心臓が選んだのは、最初から――この人だった。






















―完―
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