両親と妹はできそこないの私を捨てました【菱水シリーズ①】
「軽いスランプは誰にだってある。千愛ちゃんの場合は大きな山だ。その山を下りてるところ」

「うまく山を下りることができるようになるにはどうすればいいですか」

「俺なら、好きなことだけをするね。女の子と遊ぶとか、ぱぁーっとバカンスに行って非日常を味わうとかね」

「それはいつもだろ。スランプだって言ってれば、周りがなんでも許してくれると思っているからな。知久の場合は」

唯冬が苦笑する。
きっとスランプが唯冬にはないのだろう。
だから、知久さんを呼んだ。

「酷いな!情熱的な曲を弾くには恋をするのが一番だよ」

「なにが恋をするのが一番だ!」

「音楽家に恋は大事だよ。さてと、満足したから帰ろう」

知久さんは席を立った。
そして、私の横を通りすぎる時、小さい声で言った。

「唯冬がいる。だから、君は弾けるようになるよ、大丈夫」

それを言いたくてここにいたのかもしれない。
知久さんは。
そんな気がした。
振り返るとひらひらと知久さんは手を振っていた。
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