両親と妹はできそこないの私を捨てました【菱水シリーズ①】
「本当!?千愛さんは私の焼き菓子をいつも手ばなしでほめてくれるからうれしいわ。この人に出しても『うむ』とか『まあまあ』しか言わないのよ」

「ちゃんとうまいと思っている」

「はいはい」

奥様は笑いながら、部屋を出て行った。
仲の良いご夫婦だと思う。
先生はガーデン好きな奥様のためにこの家を建てたと聞いた。

「やっと静かになった」

「賑やかでいいじゃないですか」

「賑やかなのは学生達だけで間に合っている」

そう言いながら、花のクッキーを一枚手にとって嬉しそうに目を細めていた。
何枚か食べてから、ふうっと先生は息をはいて椅子に深く座り直した。
そして、紅茶を一口飲んだ。

「なにか弾いてみなさい」

そう言われると思った―――だから、ちゃんと用意してきてある。
練習しましたとも。
難しい曲を言われると思って。
さあ、どの曲でもおっしゃってください。
余裕の笑みで紅茶のティーカップをそっとソーサーに戻す。

「そうだな。ラフマニノフ、愛の喜びにしようか」

「えっ!?」

「なんだね」

「いいえ……」

ラフマニノフがくるとは思っていなかった。
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