両親と妹はできそこないの私を捨てました【菱水シリーズ①】
諦めきれず会いに行ったけれど、その時の彼女はもはや奏者ではなかった―――なにもできず、俺は留学先に戻るしかなかった。
彼女がピアノをやめたと聞いたのはすぐ後のことだった。
そして、俺は留学先から帰国しても彼女の名は音楽界にはなく、忘れ去られて俺だけがずっと彼女を待っている。
そんな数年を過ごした。
今の今まで。
ポーンッと彼女が触れた音にもう一度触れた。
一音だけだったけれど、あのコンクールから再び聴くことができた彼女の音だ。

「唯冬。うまくいったの?」

奥に隠れていたカフェの店主は心配そうに俺に聞いた。

「うん」

「本当に?彼女の演奏は聴こえてこなかったけど」

「大丈夫。きっと彼女はまたここに来るよ」

ピアノをここに置いて正解だったな。
早く彼女と一緒に弾きたい。
そして、俺の名を呼んでほしい。
千愛―――
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