両親と妹はできそこないの私を捨てました【菱水シリーズ①】
「どうしてわかるの!?」

「君のことならなんでもわかるって言ったのは嘘じゃないよ」

ずっと見てきたんだから当然だ。
あの音を失った日もそばで見ていたと教えてあげたい。
追いかけた俺を一度も見ずに去って行ったあの日のことを。

「教えて欲しいなら俺と一緒にくればいい」

「唯冬さんと一緒に……?」

「唯冬だ。これから俺は千愛の一番近い存在になるんだから、『さん』はないだろう?」

「あなたが私に一番近い存在になるの?」

「そう」

「……ど、どういう意味で?」

動揺する千愛に俺は笑って耳元で囁いた。

「全部ってこと」

顔を赤くして、バッと離れるのを見て脈なしってわけじゃなさそうだなと思いながら、手を差し出した。

「選んで」

千愛は演奏前のようにすうっと息を吸い込んで俺の手を取る。
その時の喜びは言いようがなかった。
戻ってきた。
ここに。

「行こう」

握った手からはお互いの体温が伝わる。
俺の気持ちも伝わればいいのに―――そう思いながら、自分の手を握り返す千愛に微笑んでいた。
やっと千愛は俺を見て、そばにきた。
今はそれだけで十分だ。
店を出ると雨が止み、庭はまた元の静けさを取り戻していた―――
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