両親と妹はできそこないの私を捨てました【菱水シリーズ①】
「あの日、なにを失くしたかも」

コンクールの日のことだと彼女はわかったらしい。
俺を見つめる目がそう告げていた。

「それなら、なおさらわかるはずよ。もう弾けないって!」

この前まではなかった激しさ。
千愛の声が誰もいない店内に響いた。
それでいい。
暗い顔で黙っていられるよりはマシだ。

「弾けるよ。俺と来ればね」

すっと髪をひと房手にとり、口づけた。
彼女がわずかに動揺するのがわかった。
もっと心を震わせたい。
そうすれば、もっと君に響く。
深くまで―――

「どうする?千愛。俺と一緒に来てピアノの道に戻るか、このままピアノとは無縁の世界で暮らすか」

選ばせてあげよう。
でも俺にはわかる。
君がどちらの道を選ぶか。

「そんなの……」

千愛は逃げるように体を離した。

「千愛が弾けなくなった理由を当てようか?弾けないと思ったのは自分の中から音が消えたからだ」

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