両親と妹はできそこないの私を捨てました【菱水シリーズ①】
それが不思議でならない。

「私を連れ戻してどうするの?私になにを望むの?」

唯冬はふっと目を細めた。
まるで愚問だと言わんばかりの態度で。

「君の音を俺に聴かせてくれたら、それでいい」

「雨の庭を聴いたでしょ。もう無理なの」

重たい指、水の中に沈んだまま、浮かべない音。
止めてくれなかったから、溺死していたかもしれない。
二度と弾きたいなんて思わなかっただろう。
でも今は―――

「今は指が動かないだけだ。弾きたいからってすぐに弾けるわけないだろ?何年もブランクがあるんだから」

「指だけじゃない……」

気持ちにもブランクがある。
同じ曲を弾いてもあの頃の私とは同じ曲にはならないだろう。

「そんな千愛にこれをプレゼントしよう」

ぽんっと頭の上に紙袋をのせた。

「なに?」

「弾いていいよ。ただし、無茶苦茶に弾くのはナシで」

「……ハノン」

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