「逃げていいんだよ」と彼は言ってくれた。
 片思いをしているだけなのに、何がおめでとうかわからない。

「藍沢さん、前に自分は枯れているって悲しいこと言っていたでしょ。恋が出来たじゃない!」

 言われてみればそうだ。もう恋はこりごりなんて思っていたけど、いつの間にか先生を好きになっていた。
 枯れていると思っていた私にも恋する心はあったんだ。

「そうですね。私、また恋ができました」

 そのことに気づけて嬉しい。
 片思いでも好きな人がいることは幸せだ。それに、もう加瀬さんのことを思い出しても全く何も感じなくなっていた。
 加瀬さんは完全に過去の人だ。どこかで遭遇しても何も感じないだろう。

「小早川先生は当たりだと思うよ。モテそうだけど、先生は遊ぶタイプじゃない」
「そうなんですか?」
「うん。四十五年、女をやって来た勘」

 大塚さんがニヤッ口角を上げた。
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