「逃げていいんだよ」と彼は言ってくれた。
「えーと、片付けなきゃ」

 ショルダーバッグに筆記用具を入れ、借りる予定の本を持って貸し出しカウンターに向かうと、後ろから先生もついてくる。

「あの、何か?」

 振り向くと先生が本を掲げる。

「俺も借りるから」

 聞いた瞬間、羞恥心でいっぱいになる。
 なんで先生が私を追いかけて来たと思ってしまったのだろう。自意識過剰だ。

「失礼しました」

 前を向いて、貸し出しカウンターに行き、顔なじみの司書さんに貸し出しの手続きをしてもらう。

「返却は二週間後になります」

 本を三冊受け取り、ショルダーバッグに仕舞おうとしたら、司書さんに話しかけられた。

「お取り寄せを頼まれた本ですが、来週には届く予定ですので」
「ありがとうございます」

 そう答えた時に、隣のカウンターで本を借りる先生が見えた。先生は私の方を見もしないで、スタスタと歩いて行く。もう一言くらい何か言葉を交わしたかった。今、追いかければ間に合うかもしれない。しかし、司書さんの話が終わらない。もう一冊頼んでいた取り寄せの本が、図書館側の手違いで、他の人に貸し出されたという話だった。

「大変申し訳ありませんでした」

 司書さんがわざわざ立ち上がり、深く頭を下げる。
 そこまでされて何だかこちらの方が申し訳なく感じる。

「いえ。急ぎではないので、大丈夫ですよ」
「本が返却されましたら、すぐにご連絡いたしますので」
「ありがとうございます」

 そこで話を切り上げ、私はようやく貸し出しカウンターから離れられた。
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