「逃げていいんだよ」と彼は言ってくれた。
 先生に会いたくて、図書館の外に出た。図書館前は広場になっていて、誰もいない。とっくに先生は帰ったに違いない。

 まあ、いいか。久しぶりにカルチャースクールの外で先生に会えたし。それだけでも良しとしよう。

「藍沢さん」

 振り向くと今、私が出て来た自動ドアの前に先生がいた。

「声をかけようとしたら、すごい勢いで外に出て行ったが、急用があるのかい?」

 うわ、見られていたってことは、先生は図書館の中にいたんだ。

「外の空気が吸いたくて」

 苦しい言い訳だと思うけど、先生を追いかけていましたとは、恥ずかしくて言えない。

「じゃあ、急ぎの用事はない?」
「はい」

 先生が笑みを浮かべる。

「良かった。藍沢さん、久しぶりに飲みに行かない? 藍沢さんと前に飲んだ居酒屋がいいな」

 まさかお酒に誘われるとは思わなかった。

「まだ五時ですよ」
「五時から営業しているから問題ない」

 先生が持っていたスマホをこちらに見せる。
『一瀬』のホームページが出ていて、営業時間が午後五時から十一時と出ていた。

「調べたんですか?」
「藍沢さんを待っている間に」

 私のことを待っていてくれたんだ。
 じわりと嬉しさが込み上げてくる。

「しょうがないですね。先生がそこまで言うなら付き合ってあげますか」

 素直に嬉しいと言わなかったのは照れ隠しだ。
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